タイラより発信中

映画と漫画と総務の知識。

一三話 火曜日にはコーヒーと挽歌を。

火曜日 朝。

第一新東京市立東高等学校。職員室。

職員室では教師たちがめいめいに授業の用意などをしている。

九条は机で缶コーヒーを飲んでいた。

机の上は資料や本が乱雑に置かれていてその上に缶を置く。

事務椅子の上で足を組み、

踵の潰れたスニーカーをプラプラとさせている。

パソコンを睨んでは何かがわからないのか

イライラして椅子の背もたれにのけぞって騒ぐ。

横の席の太った若いメガネの国語教諭が

汗をかきながらイヤそうな目で九条を見る。

九条は顔は美しいが、ガサツすぎて色気が全くない。

国語教諭の視線に気づくと、あっけらかんとした顔で

「センセ、2年C組の冴島リンゴってどんな生徒すか?

 リンゴってすげぇ名前っすけど。シシシッ。

 何っかこぉー、心が通じねえってゆーか。

 まず挨拶しても返事からないんすよ。」

と聞いてみる。

国語教諭は横目で九条を見やりメガネを直しながら

「嫌われてるんじゃない?」

とだけ答えて自分の仕事に戻った。

「シシシシシッなるほど!

 おっと、コーヒーがもうない。買ってこよー。」

九条は言うや否や立ち上がり、職員室を出た。

国語教諭がふと九条の机の缶コーヒーを見ると

表面に水滴がついている。中身が入っているようだ。

「はっ!またエスケープか。」

と舌打ちした。

九条は1階の廊下から昇降口には向かわず、

中庭を突っ切る渡り廊下の出入り口から外に出た。

ジャージのパンツのポケットに手を突っ込み、

「赤い靴」を歌いながらひょいひょいと言った感じで歩いて行った。

そこから学食前の古い自動販売機が見える。

品ぞろえは良くなく、いつも欠品ばかりだが、

缶コーヒーとオレンジジュース位はいつもある。

九条は小銭を投入し、缶コーヒーを2本買った。

「お子様にはオレンジジュースの方がよかったか?犬養映二。」

そう背後に呼びかけると壁際からエイジが出て来た。

 

同じく 火曜日 朝。

第一新東京市立東高等学校。2年C組。

妙子はすでに登校し机に座り腕組みをしてうなっていた。

しばらくすると隣の席の佳代子が登校してきた。

少し足を引きずっている。

バタバタと鞄やら荷物を机に置いて席に着く。

妙子は腕組みしながら顔だけ佳代子に向ける。

「おはよー、カヨちゃん。足だいじょうぶ?。」

佳代子はショートカットで頬の丸い顔に笑顔をうかべて答える。

「あー大丈夫。ちょっと今調子悪くてさ。

タエちゃん、今日は早いねー。どしたん?」

妙子は腕組みで頭をかしげる

「うーん。ちょっと困っててさー。」

佳代子は鞄を開いて道具を机に移しながら話す。

「なによー。言ってみなよ。恋の相談とかバッチ来いよ?あはは。」

妙子は腕組みをほどいて佳代子の方を向き頬杖をつく。

「図書委員でさー明日の放課後、本の寄贈を取りに行くの。

郵送でもいいんだけど中身の確認とかお礼もしなきゃでしょ?

 で、重いから1人だときついじゃん?

寄贈してくれる本屋が渋谷エリアなんだよね。あそこガラ悪いしさー。」

「そうかー、私は足が今これだしなあ。犬養キンパツ君は?」

「それがわかんないのよー。なんかご機嫌ナナメ45度でさ。昨日から行方不明。」

「あらなに?早くも倦怠期?」

「やめてー。そういうのー。好みじゃないしー。

 私はこうすらっとインテリジェンスが香るタイプが、、、あははは!」

「あはははは!」

2人はいつも話しているとこんなやり取りになってしまう。

そこへ前扉から1人の女生徒が教室に入ってきた。

長身で冷たい感じのする顔であるが、整っていて凛としている。

誰とも挨拶もせずに席についた。

それを見た佳代子がひらめく。

「そーだ!!いいこと思いついた!」

 

同じく、火曜日 朝。

第一新東京市立東高等学校 学食前

九条はポンポンと缶コーヒーを投げて遊びながら笑みを浮かべる。

「昨日から随分と付け回してくれるじゃねーか。」

エイジは何も言わない。

「今日はこれから授業がある。

 込み入った話もできねーから明日、夕方に体育館に来い。」

九条がそう言うとそんな事情は聞かないと言ったばかりに

エイジは歩を進めた。

「心が通じねえなぁ若者。まあ、飲めよ。」

九条が缶コーヒーを投げ渡しエイジが思わず受け取ろうと目線を外した一瞬、

エイジは「コツンッ」という音を聞いた。

九条の拳が自分の顎を跳ね上げる音だった。

エイジは脳を揺さぶられ一瞬で意識を失い、

糸の切れたマリオネットの様に硬い地面にに砕け落ちた。

続いて缶コーヒーが落下し、転がって行く。

油断である。

相手は確かに特殊な能力を持つ特高であるだろうが

強力な肉体と法術、さらには蟲を持つ自分がよもや不覚を、いや、

不覚を取ったとしても負けるはずがない。

そんな心持が相手の力量を見誤らせた。

九条は缶コーヒーを拾い上げポケットに突っ込んだ。

「まだまだ烈火様には遠く及ばないな映二。

ヤンキーのケンカじゃないんだ。

闘い、殺し合いナンだぜ?」

九条はそう言いながら

女の身体のどこにそんな力があるのかという膂力で

エイジの襟をつかんで引きずり

「大人の世界も見ないとな映二君。」

と言うと自動販売機に寄りかからせ缶コーヒーを1本そばに置いた。

そのままひょいひょいと職員室へ戻る。

「赤い靴」を歌う。

途中、渡り廊下に差し掛かった時に咳が出た。

止まらない。

込み上げるものがあり近くの手洗いの個室に飛び込む。

大量の血を吐いた。

便器が赤黒く染まる。

息荒く、ゲエゲエと血を吐き切って唾を吐いた。

素手で口を拭う。

「くそっ!まただ。」

またこみ上げてきて流れるように吐き出した。

便器を抱え込むようにへたり込み、恐怖が全身を包む。

「くそっ。死にたくない。怖ぇ。

 不公平じゃんかよ神様。なんでアタシばっかりなんだ。なんで。」

壁を殴る音が響いた。

 

同じく、火曜日 朝。

福島第一白川中学校。

火曜日も和希は登校していた。

決断できなかったのである。

前日と同様で教室に着くなり、

本を読むふりをした。

どこからか

「今日も来た。」

という言葉が聞こえた。

次々と聞こえ出すのでシャットアウトした。

ホームルームが始まると

若い女の担任教諭が気を回して和希に話題を振る。

和希に返答ができるわけがなく無言で返すと

教室内も静まり返り、異様な空気が流れた。

担任教諭はあわあわと場を取り繕って教室を出て行った。

一時限目の予鈴が鳴る。

授業が終わると教室の後ろで数人の男子が1人の男子をからかい始めた。

水崎比呂という。

気の弱そうな優しい顔をしていて細身で背も大きくない。

髪は長めで左目にかかって隠している。

筆箱を取り上げられたり小突かれたりされても、

強く出れずオロオロしながらニヤけてごまかすだけである。

からかう方はおかしくて笑い転げる。

和希は気分が悪くなり目をそらして本に向けた。

この比呂という少年は周知の事実なのであるが、機械人間であった。

性能がいまいちなのか、その程度にプログラムされているのか

お人よしで気弱な性格で優れた能力も特に発揮していない。

以前から言っているがこの時代では機械人間の一般使用は禁止されている。

ただ、ここが地方の田舎であることと、

水崎の家がこの土地の有力者であったために警察も目こぼしをしていた。

有力者の家の子というやっかみも手伝ってよくからかわれる。

なぜ機械人間を学校に通わせているのかは和希にはわからない。

その日は放課後に担任教諭に呼び出された。

職員室の事務机に腰掛ける担任教諭の前に和希は立った。

「大丈夫?やっていけそう?」

大丈夫な訳はない。

「2年生の頃から病気のせいで休みがちになったりで

 クラスのみんなとおかしくなり始めたのかなと先生思ってるんだけど。

 その髪は黒く染めてみたらどうかしら。」

蟲腹になった為ある。

学校を休むことが増え、級友とも違和感が生まれ始めた。

蟲腹になった為に起こる白髪化と赤眼化は染める程度では隠せない。

契約と呪いの証なのだ。

この者の生は売り渡されているという証に髪と目の色を奪われる。

眼が赤いのはウサギと同じ理屈で色素がないため血液が透けて見えるためである。

一族であった父は蟲を持つことは叶わなかった。

この年齢で蟲を持つことができた和希は家族の中でも誇りにされていた。

それが和希には重かった。

戦うことも恐ろしかった。

1年前に蟲を使えるようになってから

自然と口数は減り、少女らしい笑顔も減っていった。

幼少期におしゃれや恋を覚え、楽しむ周囲の女子とは対象に

和希の手には醜い蟲が抱えられている。

もう手放すことはできない。

契約をしてしまったのだから。

和希は戦うことができなくなってしまった。

そして逃げ道を探しにきた学校でも孤立している。

外見の為だけではない。

どうして自分は他人と打ち解けられないのか。疎外されるのか。

自分より勝手な者もいるし、おとなしい者もいるのにである。

先ほどの水崎比呂もそうだがいじめられる者は

どこに行ってもいじめられる。

疎外される者も同様である。

和希には答えの見つからない問答を煩悶し

「大丈夫です。」

とだけ答えて下校した。誰も自分の辛さなど分かってくれない。

帰り道、1人で歩く農道の先に比呂が歩いているのが見えた。

転んだのか殴られたのか汚れている。

後ろ姿は小さく、寂しげだった。

人間は、自分の不安を和らげるために

自分たちとは違う人間をいじめる生き物なのである。

対象が、弱かったり心優しければなおさら。

和希は遠く離れた比呂がこぶしを握り締め

「ちくしょう。」

とつぶやくのを確かに聞いた。