タイラより発信中

映画と漫画と総務の知識。

女子高校生Kは平凡な改造人間である。

2048年7月のある日。真夏日で近くの高校のグラウンドに立つ広葉樹の青葉の緑が深い。
校内で昼休みが始まる。


6年前に終わった第二次極東紛争の戦後の騒乱はまだ続いている。

極限ギリギリの技術革新は近代殺戮兵器に加え、
ロボット兵器や、サイボーグども、サイキック兵士どもの
血みどろの殺し合いに発展し、多くの腐臭に満ちた死体と不幸を量産した。

ここ、第一新東京市東部には多くの地区が戦災に巻き込まれた傷跡を残している。

この街の商店街は半分以上が破壊され、
数店しか営業していない。
割れたアスファルトは補修も行われず、
砂利道と化している。
人通りもまばらで、
銃を背負った軍人が数人歩いている。


上空の方から若者の騒ぐ声が伝わってくる。
近くの公立第一新東京市立東高等学校である。

軍閥政権下での思想教育こそされるが、
復興事業と共に教育の再開、再生が取り組まれていた。

高校の周りには外壁が張り巡らされている。
その外壁も一部崩れていたりひびが入っている。

通りに面した正面に校門があり
横には瓦礫に乗り捨てられたジープには蔦が絡んでいる。

今回、主人公となる女生徒をKとする。


そして、前もって記載しておく。
Kは先の戦争で両足を失くしサイボーグ化している。

特殊皮膚加工で外眼にはわからない。
運動能力的にも普通の人間と変わらない。
他人にも言っていない。
機械になっている。それだけである。

そして、ちょっと女の子が好きである。
自分でそれに気づいているのかどうか。

 

 

 

抜けるような青空の上空で風がビュンビュンと唸っている。
どこか遠くで大木の青葉が揺らされる音がする。
夏の匂いだ。


校舎の2階にある2年3組の教室では生徒たちが机を動かし
めいめいに仲のいい者と昼食を広げようとしていた。
今日のクラスの出席数は15人程度である。

古い校舎で教室の中も
壁や天井など多少年季の入ったくすみ方をしている。
後ろ壁にはロッカーがあり
これも塗装が剥げていたりへこんでいたりする。
床のタイルは正方形状にならんでいるがところどころ欠けている。

半袖ワイシャツ姿の学生服と
夏用セーラー服の女子が入り混じる。
だいたいみんな日に焼けている。

はつらつとしたスポーツマンのグループ
中央で目立つオシャレでルックスのグループ
端っこに居座るオタク気味のグループ
何処にも属さない孤独者
ばらけて教室に陣取る。

教室後ろの入口付近に机を2つくっつけて女生徒が向かい合って
弁当を広げている。

座っているが2人とも小柄で背が低い。

1人は黒髪ショートカット
1人は黒髪を三つ編みで2つに結んで黒縁メガネをかけている。

2人とも制服を校則どうりにきっちり着ている。

机の横に下げたかばんにはカラフルで大き目の
ぬいぐるみのキーホルダーがぶら下がっている。

黒髪ショートカットがKである。

クラスヒエラルキーで言えば、中の下である。

Kは相方の堤妙子
小さく丸く小動物の様な顔を見るといつも思う。

(妙な子と書いてタエコって、
どういうセンスで名付けたのかしら。
確かにちょっと不思議な子だけれど。)

Kは机の上に可愛い花の模様のついた
手作りの巾着袋に入った弁当箱を出す。

今日のお弁当は大根と里芋の煮物にお漬物と魚の甘露煮が少し。

(卵焼きかウインナーでも入っていればな。
でもタエちゃんのお弁当も同じようなもの。安心する。)

と他人のお弁当を覗き込む。

食糧難は落ち着きをみせてきたが豊富ではない。
食料が無いのではない。

農村部では農作物は大量に栽培されている。
被災した都市部では破壊により流通が止まり
貧困と被災していない都市の裕福層の購買力が物不足に拍車をかける。

Kはうきうきとお弁当を食べ始めるタエコを横目に斜め前の席を観察する。
タエコを隠れ蓑にして凝視している。
其処には女生徒が1人、背筋をピンと伸ばして昼食をとっている。

冴島リンゴ。
背が高く髪が肩まである黒髪で、頭がよく、
名前は変だがいつも清楚で上品だ。
大声を出したり乱れる所を見た所が無い。
Kはいつも気になっていた。

(冴島さんのお弁当はいつも大きな卵焼きが入っていてうらやましい。
きっとお金持ちだし育ちもいいんだ。
家は自営で機械関係の仕事をしているらしい。
いつも1人で友達がいないけど不思議と惨めにみえない。

あれだけ美人ならね。
男子も近寄れないけどみんな狙ってるし。
私もお友達になりたいくらい。)

うっとりと冴島を眺める。

横ではクラス派手なタイプの女子が騒いでいる。
今日転入してきた不良タイプの男子を吟味しているのである。

その男子はクラスの最後尾の席に座り、
打ち解けようともせずに頬杖をついて外を眺めている。

短髪で光が反射するほどの金髪である。
左耳にはピアスが二つ開いていて
腰にはチェーンのアクセサリーが揺れている。
昔のパンクロッカーをノスタルジックに表現していた。

誰ともなじもうともせず、独特のファッションと尖った雰囲気が女子の心をくすぐった。

(またあの娘達騒いでる。うるさいなあ。)
Kはしかめっ面で騒いでいる女子を見た。
Kはああいうタイプの男子には興味がない。

「ねえ、タエちゃん、あの娘達うるさくない?いつもさあ。」

Kは思わずタエコに愚痴ってしまう。

「しょーがないよ。あぁ~でも私、後であの金髪君に話しかけなきゃいけないんだよなぁ。」

タエコはもくもくとおにぎりにかみつきながら答えた。

「私ともう一人、図書委員が欠員だから転校してきた彼に強制決定なのよ~。
 怖いな~。きっとここから私も悪の道に引きづりこまれてしまうんだわ。」

「金髪にして、入れ墨いれて、チェーンを振り回して、、、」

1人盛り上がるタエコにKはついていけない。
タエコはひとしきりしゃべり満足すると
机の上に貼ってある1㎝程度の薄いアルミ板の様な物を
トントンと人差し指でたたいて

「キューブ!」

と呼びかけるとタエコの机の上に5㎝四方で銀色の立方体のホログラムが現れる。
量子力学を利用した通信機器デバイスである。
タエコはその一面に写っている様々な模様を指でなぞって何かを呼び出している。

Kはそれを横目にお弁当をつつく。
(あ、今日の里芋おいしいな、柔らかくて味がよく染み込んでる。
お母さん昨日煮込んでたもんな。)
と頭によぎる。

キューブから何枚かの映像がタエコの眼前にランダムに投射され
動画と文字情報が流れる。

「Kちゃん、ほら来週はラブ・スプレー最終回だよ、
最後誰にスプレーするのかねぇ?もだえるぅ~」

タエコは目の前に10cm程度の大きさに投射された録画動画を見つつ、
おにぎりにかみつく。
米粒がほおについているが夢中だ。
Kも今放送されているそのアニメは大ファンだ。

「ねー!トシオはどっち選ぶのかね~!!」

はしゃぎながらKもタエコの出している画面を覗き込む。

「てかさ、タエちゃん。いつまでキューブなんて使ってんのさ?」

タエコは左手の小指の背につけている銀色の小さな丸いシールを右手で触ると

メビウス

と呼びかけた。
するとKの左手を覆うように「∞」の形にホログラムで紫色の操作端末が現れる。

Kは紫色が好きだ。
薄紫もいいが、深い紫がいい。朝顔のような。

そこに映し出される模様をカーソルしながら操作していく。

先進技術が進むと食糧事情が追い付いていなくても、
こういった先端機器を持っていると言う矛盾を生み出す。

バイス自体はただ同然で手に入るが、
通信料と強制的に広告を見る義務を負わされる。

「もうみんなメビウス型だよ~。」

とKがラブ・ラッカー・スプレーと打ち込もうとした時、
母からのコネクトが届いた。

<今日のお弁当、煮物の汁が弁当箱から洩れやすいから気を付けて。>
母の連絡先登録画面の横にフキダシの様にコメントが出ている。
同時に母の姿が動画として再生される。

Kはうれしくも有り恥ずかしい気持ちが湧き上がる。
(届くのがちょっと遅かったな。返事は後で吹き込もう)
と思ってそのままにする。


(この間の戦争で私が足を失くしてからお父さんとお母さんは働きっぱなしだ。
機械の足の代金とメンテナンスにとてもお金がかかる。

お父さんは戦争で破壊された建物や道路を作り直す仕事をしている。
毎日泥だらけでくたくたになって帰って来る。
お母さんは工場で働いてる上に家事もする。

私に家事くらいは任せてほしいけれど、
どうも学業と青春を優先しなさいとの事だ。

だけど洗濯と掃除だけは私が勝手にやってしまう。
気を使ってくれるのはありがたいけれど、少しさびしい。
家族なんだから。

でも、戦争がやっと終わって小さい二部屋のアパート暮らし3人で
貧しいけれど食事して楽しく過ごせるのはとてもうれしい。
怒られたりもするけれど、幸せ。)


メビウスのネット検索画面に昨晩検索した「進学・大学案内」「就職・求人」の
ページが待機されているのがチラリと目に入る。

高校2年の夏。
将来を考えなくてはならない。

(私は将来どうするんだろう。
想像がつかない。
決められない。

タエコは知り合いの会社へ就職するそうだ。
今ある縁に順応できるタエコは凄いし
大人だ。

私が進学するとしても時間稼ぎの様な気がしてならない。
お父さんお母さんに学費の負担をかけるわけにもいかない。
かといって何をして働いていくのかわからなくて、
覚悟が決まらない。
資格とか、専門知識とか。
戦後で仕事なんて選んでる場合じゃないのに。
足はハンデにならないだろうか。
焦る。焦る。)

胸に不安の痛みが広がる。
はしが止まる。

タエコは動画の次はキューブのホストAIがネット上から探してくる
ラブ・ラッカー・スプレーの感想コメントや情報を自動閲覧しながら
キャーキャー言っている。

(冴島さんはどうするんだろう?
頭もいいし、
しっかり将来も考えてるんだろうな。)

Kはまた冴島を覗くと
冴島の横に、ある男子が寄って行き談笑している。
上野光太郎という。
クラスのどちらかと言うと目立たない、背も大きくない男子だ。
左手を事故か戦争かでなくしているらしく、袖から先がない。
Kはメビウスもタエコもお弁当もそっちのけで目を皿にして冴島を観察する。


(なんで?おかしい。
いつの間に?

上野君なんて頭もそんなに良くないし背も高くない。スポーツもいまいち。
冴島さんとつりあいがとれない。
冴島さんも冴島さんでなんで相手するのかしら。
ああっ!
冴島さんがそんな大きな口を開けて笑うなんて!)

「K~ちゃん、K~ちゃん!ねえ、聞いてる!?
この主題歌歌ってるのってミユだよね?
失踪したってニュースになってる!」

と言いながらタエコがKの視界に割り込んでくる。
Kは、はっとしてタエコの肩をバンバン叩きながらに言った。

「ねえ、タエちゃん。
冴島さんを見てよ!
上野君なんかと話してる!」

タエコはどうと言う事もなく

「あぁー。
Kちゃんこないだの校外学習、風邪で休んだもんね。
なんかあの日さぁ、
冴島さん休む予定だったのに遅れて来たの。
そんでねぇ、
なんかあの状態。」

と答えた。

(なんかあの状態。じゃわかんねーよ!)

Kはタエコの要領を得ない回答に心の中で突っ込んだが
タエコは知る由もなく続ける。

「でもさぁ、冴島さんて見る目あるのかね。
こないだ男子と話したら、
上野君て男子にはすごく人気あるんだよね。
左手不自由だけどおくびにも出さないし。」

Kは冷静をよそおって

「ふーん。」

と答えたが、

(油断してた、、、。

それにしても、こんなんで
私は、結婚できるんだろうか。
他にもれず、私だって王子様が表れるのを待っている。
彼氏も作ってみたい。
全てを受け入れて愛してもらいたい。
ワガママを言いたい。
でも、知り合いの男の子にはあまりドキドキしない。なぜだろう。

いつか、足の事を打ち明ける日が来るのだろうか。

私なんかの事かわいいって思ってくれる男子はいるのだろうか?
そりゃあ、私だって女子だからどうやっても自分を可愛いと思いたい。

自分が嫌い。
自分は暗い方で、多分おブスだ。それでもいいと思ってはいても
変わりたい。
クラスの中心の娘たちが
男子とも話せるタエちゃんが
うらやましい。

一生一人なんじゃないかと思うと
そういう人生の人もいるから簡単に否定はできないけど
まだ17歳の私としては目の前が真っ暗だ。

大人はまだまだ若いんだからこれからと慰めるけれど
当人は今状態の連続が残りの人生も続くんではないか
この壁が越えられないままなのではないか
越えられない場合の人生の不安さや未知さが辛いのに。
大人は鈍くなっているだけで本当に何も分かって、、、)

「Kちゃ~ん!Kちゃ~ん!」

タエコがKの眼前で手を振ってKの意識を確かめている。
Kは我に返り

「はっ!ごめん!ダークワールドへ行っていたよ。」

と、はしを動かし始める。
タエコは

「Kちゃんダークワールド好きねぇ。どんな所なの?こんど私も連れてってよ。」

と、とぼけて聞く。
Kはタエコの能天気さに気分を救われる

「暗く、寒く恐ろしい所よ。
私のネガティブと劣等感の瘴気に包み込まれているわ。
タエちゃんなんかが言ったら1分で肺が腐っちゃうわよ。」

と自分の首を締めながら返した。

(こんなに不安で迷うのは私だけなのだろうか。
みんな楽しそうになんの不足もなく生きているように見える。
私はこれでいいのだろうか。
いいわけない。)

魚の甘露煮をはしでくずして口に運ぶ。
(しょっぱい。)
ごはんを口に入れる。
(おいしい)

(この魚はさんまだろう。
まさかさんまも海で泳いでいたのにぶつ切りにされて醤油とお砂糖でぐつぐつと水気が無くなるまで煮込まれてしまう未来が来るなんて思ってもみなかっただろうな。)

はしでさんまをほぐす。ほぐす。
(誰だって未来はわからない。)

はしでさんまをほぐす。ほぐす。
(誰だって不幸になる可能性はある。)

はしでさんまをほぐす。ほぐす。
(誰だって何かを抱えている。)

はしでさんまをほぐす。ほぐす。
(誰だって幸せになりたい。)

さんまも心もばらばらだ。
一片を口へ運ぶ。
(しょっぱい。
人生の様だわ。)

メガネ越しに教室を見廻す。
Kはいつもダークワールドから帰還すると
室内が魚眼レンズで除いたように広く見えるのだった。

クラスのみんなが騒いでいる。
バカな男子が跳ね回り
女子が笑いながら呆れている。

(この空間もあっという間に終わってしまうのか。
中学校3年間があっという間だったように。
卒業して
バラバラになり
もう、この空間にはもどれない。
みんな、どんな大人になるのだろう。)

窓の外に青空が広がる。
雲が白くモクモクと浮かんで流れていく

(大人になったらどうこの高校生活を振り返るのだろう。)

ふとタエコの顔を見つめる。

(タエコ。
いつも私の横にいてくれて
いつも同意してくれて
ちょっとだけ、したたかでやられるけれど
とても大切
いつまで一緒にこうやっておしゃべりできるだろう。
思い出を沢山つくりたい
今年の夏休みはどこへ行こう。)

Kはタエコに訊ねる。

「そうだタエちゃん、夏休みどうする?」

タエコは答える。

「う~ん。アニメフェスタ行ってみたいけど、西部だしねぇ。」

タエコは顎に手を当てて首をかしげている。
Kはタエコとどこかへ冒険に出かけて見たかった。

「いいじゃん、タエちゃんいこーよ西部地区。
物価高くておこずかいなくなっちゃうかもしれないけど
見に行こうよ大都会新東京市西部の繁栄っぷりをさ!
楽しまなくちゃ!」

Kはそう言ってタエコとひとしきりこの夏の予定を話しあい
決まる頃にはお弁当を食べ終わっていた。

弁当箱をかたづけていると
タエコが

「Kちゃん、おトイレいかない?」

と聞いてきた。

「うん。いくいく」

とKは答えるが、おかしい
足が動かない。
机から上半身だけ移動しようとして下半身の重さに引き戻された。

(どうしたんだろう?
足が動かない。
今までそんなことなかった!)

「ごめん!タエちゃん、先いってて!後からいくから!」

Kがそう言うと

「そ。じゃ先行くね。」

とタエコは軽く答えて教室から出て行った。

タエコを見送りながら心はあせる。
冷や汗が垂れる。
足を叩いてみてもつねってみても動かない。
動力が働かない本来の重さで足の付け根にくっついている。

(どうしよう。
機械の異常かな。
自分でなんてわからない。
みんなに気づかれたらどうしよう。

松崎先生を呼ぼう。
入学する時、学校には足の事は知らせてあるし
松崎先生とは担任になった時に話をしてあるし。)

周囲の生徒は昼食を終え、
次の移動教室の為に準備をしたり
仲のいい者同士で移動し始めたりとあわただしくなる。

その中でKは1人だけ不自然に机に座って動けない。
何とか片づけ途中の弁当箱を鞄にしまいこんで平静を装っている。
心は焦る。焦る。

(怪しまれて聞かれたらどうしよう?
なんて言い訳する?
嫌われたりいじめられたりすることはないだろうけど。
恥ずかしいし

言えない。

ああ、みんなそんなにざわざわしないで!)

そんな葛藤を繰り返すうちにタエコが戻ってきた。

「どうしたの?Kちゃん具合でも悪いの?」

タエコは小動物のように小首をかしげて不安そうな顔で聞いてきた。
Kは本当に具合が悪いように脂汗を浮かべている。

誰しも自分の隠し事、コンプレックスを無差別に
さらけ出さなければならないピンチに遭遇すれば具合も悪くなる。

「ごめん。ちょっとわからないけど気持ち悪いんだ。
次、移動教室だよね?
ごめん、後から行く!
それとお願い!松崎先生呼んできてくれない?」

Kはやっとの事で頼んだ。
内心ではタエコに感づかれていないかおびえていた。
タエコはKの背中をさすりながら

「大丈夫?保健室行こうか?」

と聞いてくる。
Kはタエコの気遣いがありがたいのと
知られてしまう恐怖からで涙が出そうだった。

「ううん。大丈夫。
ちょっと休みたいだけなの。
騒ぎになりたくないから他の人には言わないで。
タエちゃんも授業に出てて。
松崎先生だけ。お願い。」

Kがそう頼むとタエコは

「わかった!待っててね!」

と他の生徒をかきわけて走り出て行った。

教室からぞろぞろと生徒たちが移動教室へ向かう。
その中の冴島リンゴが冷めた横目でちらりとKを見た。

Kは一瞬目があったような気がしたが
そらしてしまった。

最後の一人の生徒が教室を出て行き
Kは1人ぽつんと教室に取り残される。

足は動かない。

静かだ。

教室はがらんとしている。

外で体育の授業が始まったのか笛の音がする。

 

 

 

Kは泣き出してしまった。

寂しくて

情けなくて

怖くて

声は上げられないけれど
涙はとめどなく流れ出て顔をあげられない
しゃくりあげる
涙が机に垂れる
目の前は涙でゆがむ

背後の教室の引き戸がガラリと開く音がする。

Kは松崎先生が入って来たのかと思って
顔を手の甲でふきふきそちらを見ると

冴島リンゴがまっすぐに立っていた。

Kの鼻からたらりと鼻水が垂れた。

冴島はスカートのポケットから
白くてフリフリのついた
アイロン掛けしてあるハンカチを取り出すと
ゆっくりとKにさしだした。

「いいの?」

とKが聞くと
冴島は無言でうなずく。

Kはおずおずとハンカチを受け取り
顔をふく。
洗剤の良い匂いがした。

冴島は何も言わずにすとんとKの横の席に座り
背筋を伸ばして真っすぐを向いたまま話し出した。

「足、動かないんでしょ?
私の家、そういう仕事してるからわかるの。」

Kは眼をまるくして冴島を見ている。
冴島は正面を向いたまま話し続ける。

「先生来るまで一緒に居てあげる。」

Kはあっけにとられている。

「、、、うん。ありがとう。」

とだけ答えた。
意表をつかれて不安も消えていた。

2人とも無言でたたずむ。
外から体育の授業の歓声が響く。

 

 

 

「足の事、、、」

急に冴島が口を開き、
「誰か、、タエ、、タエコ、、、さんとかには言った方がいいね。」

また沈黙が生まれる。
Kは冴島を見つめ続ける。

 

 


冴島は正面を向いたまま続ける。

「私も、秘密があったけど
信用できる人に話したの。

全員を信用する事は出来ないけれど

信じられる人に心を開くと楽だし
楽しくなるよ。」

Kは何か光に包まれるような気分になった。

「うん。」

Kはうなずいた。
Kは聞いてみたくなった。

「冴島さんの信用できる人って
上野君?」

Kがそう聞くと冴島はビクッとして
無言になり動かなくなる。
フリーズしたパソコンのように。

 


その時冴島は何かを察知した。
教室の後ろの戸からスタスタと出て行ってしまった。

出て行った直後に
前の戸からタエコが松崎先生の手を引っ張って
息せき切りながら入って来た。

「Kちゃん!大丈夫?!まっ松崎先生連れて来たよ!!」

タエコは息を切らせながらも叫ぶ。
太った中年女性の松崎先生はやっとの事でついてきたようでへたり込む。

「松崎先生!しっかりして!Kちゃんの具合みてください!」

タエコはそう言って顔を真っ赤にしながら汗だくで
松崎先生を立たせようとする。

「ふぎぃー!」

と思わず声がでてしまっている。

(授業に出てていいって言ったのに。タエちゃんったらもう。

ありがとう。)


Kはまた涙が止められなくなってきて
今度は声を上げて泣いてしまった。

 

その後は松崎先生に車を呼んでもらって
隣町のメンテナンス技師の工場へ送ってもらった。

町はずれにある工場は外見はホントに工場だったが
中は20m四方の広さで小奇麗だった。
机が並んでいて工場と言うより研究室といった感じだった。
接着剤の匂いがずっとしていた。

足は取り外して診てもらうとすぐに治った。
白衣を着た優しそうな技師が言うには
足のセンサーと神経系との接続不良が原因との事で

生身の人間でも不安やストレスが重なると
腰や肩が痛みを発してストップをかけるそうだ。

機械の足にも心が伝わるのだろうか。

Kは調整してもらって歩けるようになり電車で家へ帰った。

(午後の授業はサボってしまった。
通学用の自転車を学校に置いてきてしまったから
明日は歩きで登校だ。

お父さんお母さんにも心配をかけちゃった。)

学校から連絡が行って、
母親が工場まで迎えに来てくれると言ってくれたが
歩けるので自分で帰る事にした。

その電車の中で窓際に立ちながら窓の外を眺める。
まばらにある街の光が車のヘッドライトの様に流れていく。

(甘えればよかったかな。
甘えたり弱みをせるというのも大切なようだ。)

家に着くと
いつもどうりに夕飯を済ませ
お風呂に入り
明日の用意をした後、布団に入る。

(明日、学校へ行ったら
タエちゃんに足の事を話してみよう。)

kはそう思って目を閉じた。

それにしても冴島リンゴと喋れてラッキーだったとふと思い、
(ハンカチを返すのを理由にお近づきにならなきゃ!)

布団の中ひとりクスクス笑った.