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予知能力者(プレコグ)は恋の未来を予見するか?

2056年7月のある日。ビル街の街路樹に一本だけ
うす紫の朝顔がか細く巻き付いて咲いている。

人々はその横を見向きもせず歩いて行く。
朝顔は太陽の方向を向こうとしていく。

これまでたくさんの人が死んだ。無駄に死んだ
6年前に終わった第二次極東戦争の戦後の騒乱はまだ続いている。

極限ギリギリの技術革新は、近代殺戮兵器に加え、
ロボット兵器や、サイボーグども、サイキック兵士どもの血みどろの殺し合いに発展し、多くの腐臭に満ちた死体と不幸を量産した。

いまだこの国の内部では戦争の爪痕から抜け出ることができず
食料や住まいにも事欠く地域も多い。

しかし、
その中でもここ第一新東京市西部では
戦火を免れ戦前のままを保っていた。


被災した地区で生まれた不運な少女は
この都市に上がり恋をする。

運命の人に出会い
夢をみつける。

ただ、その前には試練を越えなければならない。

 

西部地区は商業の盛んな地域であったため富はさらに集中し、偉容をなしている。
戦災に遭った地域や貧困地区とくっきり街並みが分かれ
その商業ビルの群れはまるで見上げる象牙の塔である。
被災した地区との格差は広がる。

当然の如く野心と反骨心ある者はもぐりこみ、財を作ろうと画策する。

しかし持つ者にはさらに与えられ
持たざる者からはさらに奪われると言うのは万国共通で
よほどの運か特殊能力でもなければ
まともな職になどつけずに搾取され
下働きで人生を奪われてしまう。


巨大商業ビルが1つある。
地上50階建て、敷地面積2ヘクタール、
円柱状で全面青黒いガラス張りの近代建築。
周囲には公園の様に前庭が作られ、街路樹が並ぶ。

内部には娯楽施設、ショッピングモール、ホテル、レストランが入っている。
しゃれた洋服に身を包んだ家族や若者の利用者が楽しそうに歩く。

ファッション、装飾品、家具、玩具、宝石、化粧品
どんな店も装飾されており、立体ホログラムで宣伝している。

食品フロアでは最新の高級スイーツの甘い香や様々なフルーツや野菜、
高級惣菜の香も薫ってくる。

専用高速エレベーターで上がる最上階は
ワンフロアを使い切ったコンサート会場となっており4000人が収容可能である。


その会場の控室。


その少女、飛崎ミユは鏡の前にまっすぐ座っている。

控室は小さいオフィスの様なつくりになった部屋で
窓がなくクリーム色の壁色で、
四方の一面は鏡が何枚も配置されて鏡台になっている。
化粧品の臭いが漂う。


鏡の向こうにじっと自分を見つめるミユが写っている。
目がぱっちりとしていて幼顔だ。
黒目が大きくまるい。

唇も程よくぽってりとしている。
銀髪の髪が胸まで垂れている。
背は少しちいさくてしんなりとした体つきで健康体である。


思わずみとれてしまう外見であった。
しかしそれは単にかわいいからだけでなく
彼女の何か張りつめた糸の様な緊張感と頼りなさ、
脆さがそうさせるのだった。

そして言った。

「引退します。」

ミユは第二次極東紛争後どこからともなく現れ、
とんとん拍子でアイドルとして爆発的人気を得た。

そしてプレコグ(予知能力者)である。

ミユは能力を使い人々から注目を浴びる出演、
イベントには的確な位置にいて
視聴者が求める行動が出来た。

この世界ではサイキックは危険視され
当局の監視の対象とされている。

能力次第では監禁生活が待っている。

彼女はその危険を冒してまで予知能力を使い
アイドルとして活動している。
何故か。

 


鏡台の前にはパイプいすが整然と置かれ、部屋の空気感を乾いたものにしている。
中央には会議用の長机があり、飲み物や食べ物、
激励に贈られた花束などが乗っている。


ミユの横に男が1人たっている。
名前を山田二志夫という。
今年で25歳になる、
人のよさそうな顔をした青年である。
ミユのデビューからずっとマネージャーをしている。

グレーでタイトなスーツを着て今どき風であるが、
どこかなりきれていない。
髪は茶髪がかっていて
これもセットがうまくできずにただのボサボサに見える。

ミユの言葉を聞いてニシオは焦っていた。
顔から汗がだらだらと流れる。

 

ミユは言った。

「もう一度言います。今日で引退します。」

 

 


コンサートのある今日は
専用高速エレベーターの階下にある入門口の前から入場を待つ人々が列をなし、
前庭までつづいている。
前庭で並んでいる人々は
それぞれに暑さ対策で帽子や日傘を持っている。

みな今日の主役のミユを応援する為のミユの顔がプリントされたウチワや
揃いのピンクのハッピを着たりして、
独特の掛け声の練習をしている。

みなチップになって手に張り付けてある超小型の携帯電話端末をタップして
操作パネルのホログラムを呼び出す。

そこから相互通信や情報発信をしている。

開場は16:00からであるが、早朝からこの状態である。
グッズ販売の先着であったり、サプライズでのミユの登場を待っているのだ。
熱気は頂点に達しつつあった。

取り返しはつけようがない。

ニシオは考える。

何とか引き止めなくてはならない。

上司になんて説明すればいい?

自分の責任?

損失は?

最悪クビか?

生活はどうする?

どうして自分はこんなにツイてないんだ?

小さい頃から勉強も運動もダメだった。

当然モテない。

バカにされる。

なんとか就職したら
このクソ可愛いがクソワガママアイドルの担当にされる。

クソッ!!

それでも最近彼女もできて
仕事もうまくいき始めてたのは上げて落とす神の罠か?

頭の中でぐるぐる回る。
ハンカチでぬぐってもぬぐっても汗が垂れる。

「引退するってどういうことだよ!ミユ!」

ミユは答えない。

ミユは立ち上がり差し入れのおにぎりやお菓子、軽食を
長机から取り寄せて食べ始めた。

おにぎりをかじる。
サンドイッチを3つ重ねてかじる。
油がつこうがチキンを手づかみでかじる。
ポテトチップス
チョコ
クッキー
コーラをごくごくと飲み干す。

ミユは腹持ちのする食べ物が好きだ。
そしてこういった差し入れ等は残さない。
食べきれなくとも必ず包んで持ち帰る。

食べても食べても満たされる様子が見えない。
見ているほうが不安を覚えてくる。
壊れているのではないかと。

ニシオのハンカチは脂汗でぐっしょりだ。
空間が広く感じられる。
鏡に設置してあるライトが白く光る。
この光も圧迫してきてニシオの焦りに拍車をかけてくる。

「食うのやめろ!話を聞け!」

ニシオが叫ぶ。

ミユは答えない。

ニシオはこのライトを一つ一つバットでブチ割ってやりたい気分だった。
パイプいすも全部丁寧に畳んでブーメランのように投げ飛ばしてやりたかった。

こいつはなぜこんな無茶苦茶を言うのか。
こいつはなぜこんな時に食べれるのか。
こいつはその癖かわいいのか。

苛立ちは頂点だった。

不意に鏡台に置いてあったミユの携帯端末のチップが起動して
ホログラムが立ち上がり、呼び鈴が鳴る。

ミユはチップをすばやく左手の小指に取り付け、
ホログラムの受話ボタンをタップする。
何か頼みごとをしていたようで、
相手にお礼を言っている。

電話を切るとニシオに言った。

「アイドルなんて本当は好きじゃないんです。
目的は果たしましたし
行かなければならないのです。」

とニコリと笑う。

「ニシオさん、
今、スポンサーに事務所への入金を前金でって
無理に早めてもらいました。

入金してくれたみたいです。
すぐ私の口座にギャラ今回分振り込んでください。
ネットならすぐできるはずです。

社長のメールアカウントとか印鑑とか
勝手に使って信用させちゃったけど
社長に謝っておいてください。」

ミユは笑顔で言った。

「は!?何笑顔で危ない事してんだよ!
てか、どうやったら社長の盗めるんだよ?」

社長の動向を予知して隙をみつければ個人情報を盗むのも訳はない。

ミユはニシオが抗議しても聞いていない。

黒で縁取ったピンク色のフリフリのステージ衣装を
何度も何度もわずらわしそうに直している。
不安なのだろうか。
ピンクやフリフリなんて彼女は好きではないのだ。

その衣装の腕にはアレンジしてあるが
現政権の紋章があしらってある。

黒ぶちに囲われたの緑の十字が赤い背景地の上に描かれていて
紋章全体の淵には細かく装飾がしてある。

これも彼女が早くに売れた理由の一つである。
無断で制服に縫込み、
現政権に公共の電波に乗せて媚びたのである。

ミユに政治思想はないが、
ミユが言い出して取り入れた所
当局からの制約も緩くなり、
援助まで引き出せた。

政権の擁護でもなんでも利用できるものはする。

しかし、初めにやるものは一歩間違えば
テロや反政府勢力に狙われ、
当局を愚弄するものと誤解を受ければ
弾圧で闇に葬られてもおかしくない無謀な手段である。

ミユはそれを迷うことなく使った。

これだけではない。

売り出しプロモーションや、ステージ演出、
メディアミックス
グッズ販売
全てに彼女は口を出した。
軋轢を生み、対立しても折れず無理に強行し結果を出してきた。

当然、全て予知を駆使したのは言うまでもない。


「ニシオさん。
お願いです。
言うとおりにしてください!」

胸元ではサラサラのストレートヘアが銀色にきらきらと揺れている。
清純派なのにセクシーな体つきなのも彼女の売りだった。

ニシオはいつも見慣れているくせに照れてしまい何も言えない。

ミユはテキパキと私服や持ち物を大きなドラムバッグに詰め込み始める。
ぶつぶつと入れる物を口に出して確認している。
呪文を唱えているように聞こえる。

荷物はアイドルとは程遠い物や色合いで、
茶色やカーキ色のシャツ
動きやすいカーゴパンツ
コンバットブーツ

本来彼女はこういうラフな服装を好む。

最後に携帯端末でオンラインの預金残高を開いて中身を見ると

「お金。ちゃんと振り込んでくださいね。」

と数字を数えてバッグに入れた。
そのままバッグを背負って出て行こうとする。

「ちょっと待てって!ホントに!理由くらい話せ、、、!」

ニシオはミユに立ちはだかろうとして
大きな音をたてて転んでしまった。

「いてて、、。」

額をすりむいて血が出ている。
擦り傷を作るなんて何年振りだろうとニシオは不意に思った。

ミユは転んで仰向けになっているニシオを見下ろしながら

「もぉ、しょうがないですね。」

と言って起き上がるのに手を貸した。
ミユはどこかしら嬉しそうだ。

ニシオもなぜが手を握り顔が赤らむ。
頼りない、冷たく、か細い手だった。

一瞬時計を見て、14時50分。
ミユは手を貸すか迷ったが開演まではまだ時間がある。

「まだ大丈夫かな。」

と言った後、鏡の前にあるボックスティッシュをとる。

「相変わらずボンクラサラリーマンですね。
ま、ニシオさんのそゆとこ今までずいぶん救われましたけど。」

床に座り込むニシオの前にしゃがみ込んで血をふき取り始めた。

「優しくしてくれて、
手伝ってくれてありがとう。

それとね、忠告です。
他の娘たちも、もう政権擁護の曲はもうやめたほうがいいですね。
今の政権はあと数年で倒されます。

この後ウエノって若い革命家が出てきます。
内戦になりますが
その人の作る流れについていくといいですよ。
また会える時まで生き延びてくださいね。絶対。」


ニシオはいつもこのアイドルの二面性に驚かされる。
表面の若々しい愛くるしさと、
裏面でのこの性質

何度かミユが住む部屋を訪ねたが
彼女は未だにデビュー当時から
四畳半の日雇い労働者が住むような
安宿で暮らしている。

部屋には研究用であろうか、
アイドルのライブ映像のデータチップが何十と揃えて置かれていた。


予知能力と彼女の目的を知らないニシオが驚くのも無理はないだろう。

 

 


これは彼女が能力を始めて発現させた時の話。

第二次極東戦争が終わって間もない頃、
10歳の彼女は文化祭の演劇でシンデレラの主演を務めた。

選考基準は外見と彼女が戦争被害者という理由で担任が選んだものだった。
戦後復興の応援とかシンボルとかそういう意味だ。

彼女はやりたくなかった。

元あった彼女の家は戦争の被害にあった東部地区にあり、
今は家を戦火で焼失し避難先のバラックに住んでいた。
六畳一間で家族全員暮らすような木造のあばら家である。

財産も持ち出せず、僅かな政府の補助や
父母の身を削った稼ぎに頼って生活していた。

他にも同様の物は多くいたが
貧しい暮らしの者は被災していない周囲からは見下されている風潮がある。

彼女も例外でなく
みずぼらしい服装をあざけられたり
食事もまともに取れない事はしょっちゅうだった。

もっとも、これは何処の世界でも同様ではあるが。

彼女はそんな自分が華やかな衣装で舞台に立っても滑稽なだけだと考えた。
ましてや題目はシンデレラ。
魔法使いなんて来ないのに。

そんなのは普通の生活を送れている余裕のある人たちで勝手にやっていてほしい。
自分の一家が明日の食事がとれるかどうかという自分に何をしろと言うのか。


練習は授業として連日行われ、
セリフも完璧に覚えた。
声も出る。


そして幕は開く
開演のその時、学校の体育館の舞台に立ち拍手の中で幕が開くと
まず体育館の天井ライトが目がくらんだ。
足の裏から舞台の床が固く感じられる。

そして目線を下に向けると大勢の父兄がこちらを一心に見ている。
無数の頭が並んでいる体育館がやたら広く見えた。
彼女の意識は緊張の為に真っ白に飛んだ。

演目は始まっていたがセリフは出ない。
周りの演者も不安そうに自分をうかがっているのがわかったがどうにもできない。

場内がざわつきだして、
自分の脇や股に汗が垂れるのが分かるとぼんやりと頭に妙な情景が浮かんだ。

自分の体の周りを50cm四方の映像たちが
球体となって自分を取り囲み、ぐるぐると回っている
それぞれの映像が動画として動いている。
そのうちの1つが明るく光り大きくなる。
映画の一場面を切り取ったようにある場面が見え、
音まで聞こえた。
何故だかわからないが彼女にはそれが予知だとはっきりとわかった。

見えたのは

「18歳で自分が死ぬ姿。」

心臓病にかかり、
そのまま手を打つこともできずに死んでしまう様子が
映画のダイジェストの様に視えた。

映像が終わると全ては消えて
観客の見守る舞台の上だった。

その瞬間、恐怖におののいたが
彼女の腹は据わった。


このまま貧しく不遇のまま数年で死んでしまう。
そんな運命は変えなければならない。
シンデレラのように運命を変えてやろう。


不遇な未来ならば
未来を変えればよい。
魔法使いは自分だ
未来の為に現在の一歩を変えるという魔法。
生き残るための方法を探そう。
幸せになる方法を探そう。


こんな学芸会程度で立ち止まっているわけにはいかない。

セリフも自然に発せられた。
一歩一歩が力強い。
緊張はしていたがその緊張が演技を促進し
シンデレラを演じきった。

場内は大歓声だった。

それから彼女は変わった。
積極的に様々な催し物に参加しては人前に立った。
バカにされても気にならなかった。

文化祭
体育祭
歌唱コンクール
美少女コンテスト

活動は次第に拡大していき、
人前に立つたびに予知を得て次の行動を決めた。

予知をする要領もつかめてきた。
どうやら緊張すると予知を得れるようである。

賞金も稼げた。
生活も少し余裕が出て来る。


予知を続け
行動を続けるうちに
ある日、予知の内容も変わってきた。

非合法の人工心臓を手に入れて自分が助かる未来が視えた。
それには多額の現金が必要となるようだ。

彼女はその未来にすがる事になる。

ならば金を稼がねばならない。

ギャンブルの予知をしてみたが
これははっきり視えずだめだった。

どうするか。

今までの経験から彼女は自分が大勢の視線を集める外見をしていて、
それが金になる事が分かっていた。

人前に出れば予知も得やすい。
年齢を考えればアイドルが手っ取り早い。
歌唱力もルックスがあれば多少ごまかせる。

幼い少女の身体に文字どうり必死の反骨精神が芽生えた。

両親は娘の芸能界入りなど反対したが、
彼女は意に介さず一人でやるしかなかった。
予知能力がある事は話せたとしても、どうやっても納得はさせられないだろう。
そんな時間もない。

その後16歳になった時彼女は家出した。
彼女の孤独な戦いは始まった。

ショービジネスなら栄えている街だ。
第一新東京市西都心部にもぐりこんだ彼女は
まずは飲食店や肉体労働で日銭を稼ぎ、
日雇い労働者が使う四畳半一間で
焼けた畳張りで壁も禿げていたり汚れているような
安宿で眠り
オーディションを探しては受けた。

自分と同様な挑戦者が搾取され脱落する中
ニシオと出会うまで
16歳の少女は誰にも心を許さず
一人で飯を食い眠り
死の恐怖と戦い
働いていた。

そして予知と知恵でショービジネスで頭角を現した。

自分の運命を現した、
未だ見ぬ夢で未夢<ミユ>と名乗った。

公演が成功するたびに
彼女は自分の希少価値を武器にギャラを跳ね上げさせていった。
金が必要だ。
命と幸せを買い取るのだ。

 

ここでサイキックについても語ろう。

戦時中ほどはいなくなってしまったが
サイキック達は当局の眼に止まらないように能力を隠して生活している。
特殊能力は一般の社会生活では銃火器以上の凶器である。

前述したがサイキックであることが露見し、
当局の特殊能力者制御班に逮捕されれば良くても監視生活、
能力の危険さ次第では監禁生活が待っている。

戦争で使用されていたサイキック兵士どもは
人工的に能力を発現させられた人間だったが、

彼女は天然のものである。

サイキック達はそれぞれ能力ごとに危険指定がされており、
政治利用でもされれば大変なことになる能力は捕まれば一生監禁生活であろう。

また、それぞれの能力によっても当然の如く力の個人差があり、
また能力の発動条件や反作用がある。
発動条件や反作用はそれぞれの生育に深くかかわっており、
特殊な感情やトラウマを呼び起こすと発動する場合が多かった。

厳密に言うと彼女の予知能力は
緊張による精神作用によって脳の超感覚を呼び覚まし
周囲の人々の潜在意識アクセスし記憶を読み取り
現在ある状況を統合的に集計分析し、
未来を予測する。

それが直観的にビジョンとして視える。
予知しても未来への過程すべてが正確に分かる訳ではない。
知りたい事柄のもっとも実現確率が高い未来を検索して探せるという感覚である。

彼女の能力程度ではキャンブルや株式の勝ちを予測するまでの
細かい予知はできない。

反作用としては過剰に腹が減る。
貧しさゆえの空腹への恐れだろうか。

 

 


アイドルとして目立つために、
有利な事が起こる場所と時間を予知で探し出し、
そこに自分がはまり込むことによってその未来を自分の物にしていった。

能力があったとしても、
それ以外の素養は普通の人間だ。
並大抵の事ではないのは自明である。

就職や進学、夢などに
挑戦したことがある者にはわかるであろう。
孤独だった。
不安だった。

死ぬかもしれない。
未来は真っ暗だった。

そんな時、ニシオに出逢った。

当初予定していたマネージャーが急病で入院した為の代打であった。
初めて会った時は使えないボンクラと言う印象であった。
足を引っ張られないようにしなければならない。

早く別のマネージャーに変えてもらうつもりだった。
確かにニシオは多くのミスをした。

 

しかしある日から彼女の考えは180度変わる。

その年の冬は戦後から発生した謎の疫病が流行し
対抗薬も流通せず死亡者が多発していた。

高熱や皮膚にも症状が出て、顔も体も赤くただれる。

うつされないように皆
抗ウイルスマスクや殺菌スプレーを買いあさり
接触、外出を避けるなどパニックになり
社会全体がおびえていた。

彼女はそれに感染してしまった。

仕事全てキャンセルとなり
自宅待機を命じられた。

まだ売れる前
四畳半一間の汚い安宿で
一人きりである
隔離され
金もない
家族にも言えない
事務所からも見舞はない

高熱でうなされ
薄い布団の中で食事も用意できない

顔は赤くただれて以前の容姿を見る影もない。

暗い部屋で
涙が出て来て止まらず
もうダメかなと本人も思った時

ニシオはやってきた。

マスクもせず
両手にスーパーのビニール袋に入った
たくさんの食料を抱えて
安宿にどかどかと入って来た。

「ぶはー!だいじょぶかよ~!今、おかゆ作るからな。」

と言って食料を開き始める。

彼女は眼を見開いてニシオを見て
この男はバカなのかと思った。

「う、、つるよ。」

と熱にやられてかすれた声で言うと
ニシオは

「ああ、気にするな。
困った時はお互い様だろ?」

と治るまで毎日看病してくれた。

そして治った後も
彼女と一緒に
仕事をキャンセルしてしまったイベント先や制作会社
事務所内の要所へと頭を下げ続けてくれた。


それ以降ミユが人気者になり、
ニシオからもっと有能なマネージャーに変える話が出ても
ミユは受け付けなかった。

彼は彼女の温かい灯となった。

ニシオにはそれはわからなかったが、
なぜかミユが自分を信頼し、
買ってくれている事は感じていた。

ミユはニシオに救われたと言ったが、
ニシオもまたミユに救われたと言える。
ミユの所属するプロダクションでミユの担当になってから、
ワガママに振り回され続けはしたが
社内で落ちこぼれていたニシオの立場は
ミユの成長と共に上がって行った。
もちろん予知を使って密かにニシオの便宜を図っていた。

不運な2人は引き合うように出会い、互いを必要とした。

 

 


ミユはニシオの血が止まったのを見ると

「ニシオさん、付き合っていた彼女はどうなったのですか?」

と聞く。
ニシオは今それどころではないだろうと思いながらも

「わからない。全然連絡取れないよ。
頼りないって捨てられちまったかな。
でも、待つよ。
俺にはあの子しかいないんだ。

なあ、ミユ。待てよ。いくらなんでも訳が分からないよ。
今まで一緒にがんばってきたのに。
勝手すぎるだろ。
俺やファンのみんなはどうする?」

と答えた。
ミユは少し嬉しそうな悲しそうな表情になり

「ふ~ん。
代わりになってあげますよ?彼女。」

と言った。
ニシオは赤くなって絶句するが
ニシオの説得など聞いてやいない事に腹が立ってくる。

「ニシオさんの彼女はニシオさんの良さが分かってないです。」

そういいながら
ミユはその女がもうすぐ戻って来ることを知っている。
そうしたら自分の居場所がなくなる事も。

「は!?からかうなよ!お前は我が社のトップアイドルなんだぞ!」

とニシオは驚いたが、ミユはにこりとして

「なんて。じゃ、さよなら!」

立ち上がり、振り返りもせずドアから出て行く。
ニシオは動けず見送った。
ミユの甘い残り香と衣装の裾のふわりとした印象が残る。

 


コンサートホールがある第一新東京市西都心部
軍服こそ歩いているが高層ビルや商店、
街の人々の様子は資本主義先進国のそれである。

物にあふれ、危機感などなく浮かれている。

日々の食料や衣類に困り、窃盗、殺人さえ日常とされる国内世情の一方、
この地域は居住している人々も裕福層である。

 

そんな街でミユのコンサートは開始された。
軍人の警備が目障りではあるがコンサートは華やかな物だった。
会場の真中に円形のステージがあり、
その周りをスタジアムの様に観客席が囲む。

舞台のヘリは電飾で飾られ、
ミユがデザインしたウサギのキャラクターが
世界を旅する様子のイラストが壁面いっぱいにいくつも張り巡らされていた。

このような資金をつぎ込んだ舞台装置は勿論、
客席の観客が振るたくさんの
ペンライトもネオンのように輝いて生き物のように動く。

その中心でミユは堂々と歌い踊り、狂い輝く。
観客はミユの一挙手一投足に反応し歓声を上げる。
うねりを上げる声援が起こり、止まらない。

ミユが毎回力を入れるのが、
未来への希望、
未来は変えられるというメッセージを含んだ曲だ。

そしてMCでは必ず、将来の夢について語る。
富裕層のファンの間では変わったキャラ設定の様に受け止められていたが、

ミユの夢は自由に世界中を旅する事であった。
貧しく、自由の許されなかった境遇
制限されてしまった時間と生命
そこから解放されて色々な物を見てみたかった。
広い世界の風に吹かれてみたかった。


そして最後に
「夢はいつか必ず叶いますから!諦めないで!」
と自分を説得するようにメッセージを叫ぶのであった。

ミユを含めた夢や希望を持つことさえ許されない人々を無視しながら
現実を知らない富裕層は熱狂する。

そして最後に
引退発表はなされた。

ミユにはなぜかファンの希望をブツリと断ってやった快感が残った。

 

 

夜になりコンサートは終わる。

ミユはステージのラストで幕が下がるとそのまま荷物と共に消えた。
予知能力を使ったのか、誰にも捕まることなく。

大騒ぎになったが、
深夜になり警察に事態を一任して責任者以外関係者も解散となった。
ニシオはこれ以上ないくらい上司に怒られたが
一旦自宅へ帰り、体勢を立て直す事にした。

夜の街は静まり返り、街灯やネオンだけが無音で光る。
ビルが青黒く夜の闇に光る。
日付が変わる時間になってもまだ蒸し暑い。
警察のホバーパトカーが赤いパトランプを光らせて街道を頻繁に行き来している。

ニシオは自分のアパートに着き
階段をカンカンと上がり部屋に入る。
明かりをつけようとスイッチに手を伸ばすと

部屋の中に何か、いる。
薄明りで物が無いはずの場所に影の盛り上がりが見える。

「誰だ!」

っと叫んで電気をつけると何者かが一直線に襲い掛かってきて口を押えられた。
小さくて柔らかい、冷たい手だ。

「もがもがが、、、。」

とうめいて相手を見てみると、
暗闇の中に相手の眼がぎょろりと見える。

眼を凝らすと、ミユだった。

お互いを確認すると、
ミユは黙って手を放した。

ニシオはそろそろと明かりをつける。

例のカーキ色の服を着てブーツを履いていた。
土足じゃないか。
とニシオは思った。

ニシオの部屋は3階建てビルの2階にある1DKのこじんまりした部屋で、
部屋が散らかっているので余計に狭く見える。

浅い緑色のソファの上やクリーム色のベッドの上には
赤や黒の服や下着が脱ぎっぱなしに置いてあり、
雑誌や漫画が床に雑然と散らかっている。

小さな3段の水色のカラーボックスの上に
ニシオが小さい頃両親と一緒に撮った写真が写真立てに飾ってある。
その横には位牌が2つ。
小さな線香立てが1つ。
他にも小物が雑然と置いてある。

壁のコルクボードには戻ってこない恋人と撮った写真が数枚、
ピンで刺して飾ってある。
洗面所には歯ブラシと洗顔セットが2つづつ置いてある。

西都心部の住民とはいえ裕福な方とはお世辞にも言えない古いアパートだ。
壁にも少しひびが入っていたり、すすけていたりする。

その真ん中に、ミユがいる。

「お父様とお母様、亡くなってたのですね。戦争?」

ミユは眼をそらしながら気まずそうにそうに言う。
何かかそわそわして落ち着かない様子だ。
服が泥で汚れていてところどころ切れている。
ニシオは言葉が出ない。


いろいろな事態の時の為に以前ミユに
自分の部屋の合鍵は渡してあったのは覚えているが、
それでも事態が呑み込めない。

「どうしたんだ?!」

何とか振り絞って言葉を出すと

「予知、、、予想がなんでか外れちゃっていまして、
ちょっと警察に追われていてまずい事態なのです。
かくまってください。」

と手を合わせてミユは答えた。

「とりあえず、お腹減っちゃっいました。何かもらっていいですか?」

と言うと勝手に冷蔵庫を開けて
中の物を床に出して食べ始める。
チーズ、
ソーセージ
ジャム
ヨーグルト
アイス
調理なしで食べられる物を片っ端から口に放り込む。
牛乳はラッパ飲みだ。

ニシオはあっけにとられただミユを見ている。
埃だらけであったが気にするそぶりもない。
さっきまでステージ上で輝いていた人間とは別人のようだ。

ニシオはコンサート前からの出来事、
今までのワガママへの鬱積したストレス、
発見できた安堵
そして今の出来事がないまぜとなって、
どうしようもない怒りが込み上げてきて叫んだ。

「ふざけんじゃねーよ!!勝手だろ!
俺のアイス食うなって!」

ミユは関係なくスプーンでしゃくってはアイスをほおばり続ける。
ニシオはさらに苛立ち

「一回食うのやめろ!話を聞け!
ていうか靴もいいかげん脱げ!
お前のせいで俺の胃袋は毎日ねじれ切れそうだよ!!
警察に追われてるってなんだよ!?」

とニシオが畳み掛けてもミユは答えない。

ミユは食べ終わるとおもむろに携帯端末を取り出して
電子通帳を調べ出した。
そして何かを確認すると青ざめる

「あれ!なんで?!振り込まれてない!
やっぱり未来が変わってる!
どうしよう!」

ミユはすごい剣幕でニシオにつかみ掛かる。

「え?何?」

ニシオはすぐに弱気になってうろたえる。

「ギャラですよ!
すぐ振り込んでって言ったじゃないですか!」

ミユはニシオにつかみ掛かりながら言う。
ニシオは襲い掛かるミユの顔を必死にはねのけながら答える。

「ギャラ?!
あの後すぐ手配したけど間に合わなかったんだよ!
15時すぎててネットやっても翌日入金なんだよ!」

ミユはその瞬間、
コンサート前にニシオが転んで手当をするかどうか迷った時の事を思い出した。

あの時見た時計は14時、、、50分。
計画どうりならば間に合っていた。

ニシオと触れ合いたいがために行動を変えて計画を台無しにしたのか。
いずれにしろ予知と現実は違ってきている。
自分の甘さに怒りがこみ上げる。

「どうしてくれるのっ!!台無しじゃないですか!」

ニシオの襟を細い腕で締上げながらミユは怒りが抑えきれない。
少女の腕力で締め上げられても大したことはないが
事態が一向に見えない。
ニシオはミユの手をはずして言い返す。

「自分ばっか言いたい事言いやがって!
お前は何をしているんだ!」

ミユはペタンと座り込み、ぷいっと横を向いた。

「サイキックなの!
私は未来が見えるの!
さっきまで予知どうりだったのに!」

ミユはそのままうつむいて動かなくなってしまった。
泣いているようだ。
ニシオは立ち尽くす。
ミユはうつむいたままだ。

「なんでこんな危険を冒してまで、、、。
だまってりゃ普通に生活できたろうに。」

ニシオは呆れとも憐みともいえる気持ちで聞いた。

「お金がいるの。やるしかないの。死にたくない、、、。」

ミユはすこし涙ぐんだように答えた。そして鼻をすすりながら続ける。

「私、18歳で心臓病になっちゃうのです。
初めて予知した時、それが見えました。
そのまますぐ死んじゃうのです。

でも、何とか助かろうと思って、
いろいろ予知して探したんです。
そしたら非合法で高額だけど人工心臓を作って貰えば
助かるかもしれないって知りました。

でもダメです。
逆算すると今心臓を手に入れて
手術に入ってないと助からないんです。
だからギャラも前倒しして集めて無理に引退したんです。」

ニシオは茫然と聞いている。

「それであんなに、、、。」

そういってミユの肩に手を置く。

ミユは手厳しくはねのける。

「なんで私だけ?
貧乏で、病気で
変な能力まで有って警察に追われて
不幸な私がなんで金持ちのバカ騒ぎに付き合うの?

何が「夢はいつか必ず叶う」ですか。
未来が見えても夢なんてないのに。
普通の生活すら送れないのに。」

ニシオははねのけられた手のやり場に困りながらもミユに同情した。
ミユはニシオにすがりついて言った。

「ニシオさん!
私と一緒に逃げて暮らさない?
お金もあげます!
私が死ぬまででいいんです!

一緒にいて!お願い!
あんな女より私の方がいいですよ?
ね?お願い!
1人にしないで?」

ニシオは顔をそむけて何も言わない。
ミユはそれを見ると、すこし残念そうに笑って言った。


「ごめんね。ウソです。
勝手すぎるますね。間違ってますね。
とりあえず助かる方法を考えなきゃ。

人工心臓と手術代3000万、、、
術後の生活の為に余計に稼いでおいたお金を不足に充てても
あと100万は足りない。

今日受け渡しと支払いの約束なのに
今から用意なんてできません。」

ニシオは驚いて叫んだ。

「さっ3000万!そんなに取るのかよ!
100万くらい値切れよ!馬鹿か!」

ミユは怪訝な顔をする。

「値切りましたよ!
予知でも金額は変わらなかった!」

ニシオは手を差し出して言う。

「電話貸せっ!
サラリーマンなめんな!」

ミユが博士へダイヤルしてニシオへ電話端末チップを渡す。
タップすると手の周りにホログラムが表れる。

「待ってろ。何とかしてやる。」

そう言ってニシオは電話をかける。

「あ、もしもし。博士、、、さんでいらっしゃいますか?
人工心臓を頼んだ者の身内ですけど」

「すいません、夜分に。
ちょっと人命がかかっているもので。
金額の件なんですが。は?」

「妹?身内のトラブル。
はい。今、手が離せない?」


一瞬、ニシオに妙案が浮かぶ。


「非常事態なんだ!
心臓病が発症した!すぐに人工心臓が必要だ!
これから取りに伺いたい!
受け渡しは今日の約束だ!
金はこれから現金で全額持っていく!
当然できてるよな?
早いがかまわないな?」

「なに?
ウソつくなって?ウ、、、
ウソでもなんでも金払うんだからちゃんと納期どうり用意しろ!
こっちは一刻を争ってるんだ。
3000万も払うんだぞ!」

「今来られても困る?
困るのはこっちだよ!
待ってろ今すぐ行くから!
邪魔してやる!
金を取るんだ顧客優先が当然だろ!」

「やめてくれ?
そうだなぁ、納期滞納の契約違反だな。
じゃ、待つ代わりに300万値下げしてもらおうか?」

「300万は無理?
じゃ250万!
うーん!200万!どうだ!
おおおおしっ!OKOK!
200万値下げ!
じゃ後程振り込むんで。
よろしく。はい。
領収書送って下さいね。
はい、失礼します。」

ぽかんと見守るミユ。
ニシオはミユの方を見てにやりとして言った

「まけてくれるって。200万。
ははは。向こうがトラブルであせってたから
ほとんど言いがかりだけど値切れたよ。
余った分は生活費にでもつかえ。」

ニシオは電話端末をミユに投げ渡す。
そしてタンスの引き出しから自分の通帳と印鑑を取り出してミユに差し出す。

「俺からも餞別。大した額じゃないけど。
お前のおかげで稼げた金だ。
遠慮なく使ってくれ。
金、必要だろ?」

ミユはただ受け取る。何も言えない。
ニシオはミユを見て言った。

「未来を変えるためにがんばってたんだろ?
諦めんなよ。
たまには俺をを頼れ。
生き残れよ。

あーあ。明日からボンクラに逆戻りだ。
ははは。」

ニシオは疲れた顔でにこりと笑った。

ミユは自分を見つめるニシオにドキドキした。
その瞬間、緊張のせいか未来予知が見えた。

ミユの視界にビジョンが広がる。
いくつもの映像たちがミユの周りを飛び交って球体になって行く
その球体の中でミユは映像を眺める。
その中の1つが光って見える。

「助かってる、、、。」

「視えた!私、来年も生きてます!」

映像たちははじけ飛んだ。
と同時にミユは球体の中から飛び出して
ニシオに抱きついた。

ニシオは驚いて恥ずかしさとミユの胸の感触で何も言えない。
さっきミユが食べていたバニラのアイスの匂いがした。

ミユはニシオから離れると、
涙ぐんだ目をこすって言った。


「もう、ミユはやめますね。本名の高木小夜子に戻ります。」


外を見ると朝方になり、外は白んできていた。


万事はうまくいくかに見えた。


その時、突然に玄関のドアがバタンと開いた。
ニシオと小夜子が振り返ると、
制服を着た男たちがけたたましい靴音を鳴らしてなだれ込んできた。

軍服の様なオリーブグリーンの制服を着た体格のいい3人連れだった。
ブーツを履いている。
土足だ。
皆体格がたくましく180cm前後の身長で機敏な動きから格闘技を想像させた。


「やっぱりだ!飛崎ミユだ!いたぞ!捕まえろ!」

制服たちは叫ぶと小夜子に襲い掛かる。

ニシオはとっさに小夜子をベランダの方に押しやると
制服3人につかみ掛かり
小夜子に向かって叫んだ。

「行けっ!!」

3人がそれぞれなんとかニシオを振り払おうとして叫ぶ。

「警視庁の特殊能力者制御班だ!
そいつはサイキックだ!取り締まる!
お前も逮捕されたいのか!」

しかしニシオは食い下がる。
小夜子は眼を見開いてニシオを見た。

言い知れない感情が胸のあたりを圧迫して痛くて動けない。
感動なのか
興奮なのか
感謝なのか
愛なのか
恋なのか
悲しみなのか

小夜子は立ち尽くして胸のあたりを両手でぎゅっとつかんでいる。

「バカ!!
行けって言ってるだろ!!」

ニシオが語調強く叫ぶと
小夜子はハッとしてベランダに出る。
風が強くなっていて髪が一気に顔にかかってくる。
胸の痛みで体がちぎれそうだった。

最後に振り返り、何か一言でも言いたかった。

もう、二度と会えないかもしれない。
ニシオに出会えて本当によかった。
強い眼光でニシオを見た。

ニシオは3人の男にふり払われても食い下がり、
しゃにむにつかみ掛かっている。
倒れる家具
割れる食器
散乱する衣類
ニシオの口元からは血がにじんでいる。

小夜子は口をぎゅっと結んで外へ向き直った。
そして日の出の光の中に飛び降りて行った。

 


さようなら。

 

 


その後、小夜子の消息は知れない。

この件ではニシオは事情をよく知らなくて、
マネージャーとしてアイドルを守るためにやったと言う事で無罪放免された。

 

2年の月日が流れた。

世間では人気絶頂のアイドル失踪として騒がれたが、皆忘れてしまっている。
特殊能力者制御班は表には出ない。

ニシオは今日も働く。

新しく担当になったアイドルに立ち居振る舞いから教えていく。

ダンススタジオに連れて行きレッスンを受けさせる。

ダンスコーチのリズムをとる声と手拍子がガラス窓越しに単調に聞こえ続ける。

飯を食い、睡眠をとり、また働く。

朝は毎日やってくる。

休みの日には恋人と食事をとる。

そしてまた会社に行く。


2年前は大変でクタクタだったけど
毎日が上昇気流の中だった。
でも、それはもう終わってしまった。

あいつは今何をしているのだろう。

 

仕事明け
ニシオが徹夜終わりでアパートに帰ると
郵便受けに封筒が入っていた。

差出人も何も書かれていない。
部屋に入りながら中を開けると
海外のサバンナや遺跡、
また都市部の風景が写っている写真がたくさん入っていた。
誰が送り主かはすぐにわかった。

ニシオはコーヒーをブラックで淹れ
ソファに腰かけて
「今どき印刷写真か」
とつぶやいてコーヒーをすすりながら一枚一枚めくっていく。
湯気が朝日に反射する。

写真としては出来が悪くもあったが
躍動感というか生命力にあふれていた。

今どきホログラムではない紙の写真だからと言う存在感も手伝って
見ているだけでわくわくした。

「夢、叶えてるんだな。」

とつぶやいて最後の一枚を見ると
西洋風の巨大建築の写真にマジックインキでメモ書きがしてあった。

 

 


通帳返しますので取りに来てください。

 

 

 

「あ、相変わらず勝手だなー。追って来いってのかよ!」

と、女文字で少しラフに書いてある文字を眺めながらつぶやいた。

「胃が痛い、、。」

ニシオは自分にも旅立ちの時が来たのを理解した。

「でも、まあ、お前がいなきゃ、つまらないな。」


残りのコーヒーを飲みきり、カップをテーブルに置くと
ゆっくり立ち上がった。

太陽は上がり、街ではいつもの喧騒が始まる。
西部地区の象牙の塔は今日も白く輝く。

ホバーカーは早朝でも渋滞し
人々は出勤のため中心部へ昇って行く。

ニシオは赤い大きめのリュックサック1つだけ背負い
人の流れと逆に歩いていった。