タイラより発信中

映画と漫画と総務の知識。

一二話 月曜日は絶望の前奏曲(プレリュード)

物事が始まる前はたいていその予兆があるものである。

それは無関係のように見えてこの世の因果によって必然的に引き起こされている。

ひとつひとつの関係のない予兆が引き合いもつれ合い糸の様に縒り合わさって

一本の綱になっていく。

そうやって物事は本流へと押し流される。

そしてもう、その頃にはほどくことはかなわないものである。

その大河の流れは、神にしか俯瞰できない。

 

第一新東京市立東高等学校での殺人事件と崩落事件は一応の段落をみせた。

夏日を予感させる朝の空気の中を

たくさんの生徒たちが校門を抜けて登校している。

人はとりかえしがつかないような出来事があったとしても

平穏な朝を迎え何もなかったかのように人生を再開するしかない。

泣き叫んでうずくまろうが、立ち止まろうが朝はやってくる。

妙子をはじめ多くの人はそれでいいしそれが素晴らしいことだと思っているが、

困難や苦痛は生きている限りは蜘蛛の糸の様に絡みつくのである。

そこからどうするかが人生の始まりである。

朝が始まる。

 

月曜日、朝。

妙子は教室へ入ると自分の席に着いた。

ちらりとエイジの席を見るともう出席している。

窓の外を頬杖をついて眺めていた。

ギターはケースから出してはいるが

小脇に抱えているだけである。

妙子は席に座って身の回りを整える。

ホームルームが始まるまではまだ時間がある。

仲の良い柿崎佳代子という女子生徒に話しかけ

昨日放映していたアニメの話で盛り上がった。

その後、タイミングを見てエイジの席に向かい話しかける。

「おはよ!今週水曜日にまた本の寄贈があって…!」

と言いながらエイジの机の前に回り込んで顔をのぞいた。

エイジは妙子の顔をちらりと横目で見たが、ギターをボロンっと低く引いた後

無言で立ち上がり教室から出て行ってしまった。

妙子はエイジの目が腫れているような気がした。

「あっ」

っともう一言かけようとしたが妙子にはそれ以上出来なかった。

問いかけた手を下げる事もできずに立ち尽くしていた。

それ以降この日は2人、近寄る事もなかった。

 

同じく月曜日、朝。

ここは郊外のとある町。

都内から離れるとまだ緑が多く山や田畑も身近であった。

青い空に入道雲が浮かび蝉の声が聞こえる。

飛鼠飼 和希(ひそかい わき)は明日死のうと考えていた。

和希はこの町の中学校に通っている。

正確には通ってはいない。ずっと休んでいた。

それが今日、半年ぶりに登校している。

深い紺の夏用セーラー服に赤いリボンを締め、

鞄を両手で膝の前にぶら下げてとぼとぼと歩く。

足には白黒ボーダーのニーソックスと

分厚いソウルのテカった革靴を履いていた。

前髪ぱっつんで肩まで伸びるの髪は金色に近い白髪だった。

瞳は燃えるような赤色だが暗く沈んでいる。

丸顔だが締まった、ボーイッシュな顔は透き通るように白い。。

中学3年生の女子ではあるが、れっきとした蟲腹である。

黒球は自宅の木箱の中に置いてきている。

同じく登校する生徒達が自分を見て笑っているような気がする。

いや、気がするのではない。

和希には聞こえてしまうのだ。

和希の蟲の能力は音や音波を操る蟲である。

その為、生身の和希の音に関する能力も常人の比ではない。

「うおっ飛鼠飼じゃね?生きてたんだww」

「えーなんで今更?キモいんだけど。」

「やめなよー。がんばって出てきたんだから(笑)」

「あいつのせいでクラスの雰囲気わるくなんだよなー」

「病気とか言ってたけど染めてんでしょ。あの髪。

カラコンまでいれてさ。」

和希の事を知る者たちが、聞こえていないと思っている声まで拾っていた。

もちろん聞こえないようにすることもできる。

しかし、この場において聞いてしまうのは蟲腹とはいえ

15歳の少女としては無理もないのではないだろうか。

和希が今歩く田んぼを突っ切る農道からは

遠くに何かの製造工場なのか白い建物が見え、

白い煙がもうもうと上がっている。

最近は縮小してしまったが、この辺りは製紙工業が盛んであった。

製紙特有の匂いがかすかに香る。

民家もまばらになり、舗装されてない道路も目立つ。

道路の横には草が生い茂り、河川も清らかだ。

戦乱の爪痕も校外になると薄く平穏な雰囲気が流れていた。

福島第一白川中学校と低めの校門に看板がついている。

和希と生徒たちは吸い込まれるように入っていく。

教室へ行くと、久しぶりに登校してきた自分を見て

クラスメイトがどよめいたりヒソヒソと噂しあうのが苦痛だった。

さすがに今度は聞こえないようにしていた。

周囲を視界に入れないようにしながら席に着く。

本を取り出して読み始める。

本の内容なんて頭に入らないが読むふりを続ける。

時間が過ぎるのをじっと耐えた。

頭の中では、

なぜ登校しようなどと考えてしまったのだろう。

今日までのがまんだ。

自分が死んだとき、

みんながショックと罪悪感を感じるように、

ここにいて、

存在を思い出させておくのだ。

そんな自分の頭脳での考えとは別に

本当は生存本能が自らが生き続ける場所と理由を探して

ここに来てみたのかもしれない。

 

同じく月曜日 昼。

第一新東京市立東高等学校。

昼休み、九条は校門を出た。

崩れた家屋や割れた舗装の路地を抜ける。

きょろきょろと街並みを見物しながらといった風で

童謡の「赤い靴」を自分流の節をつけて歌いながら歩く。

その先に闇市と言っては大袈裟だが

食糧や食事を提供する10軒程度のマーケットがある。

元は商店街があったアーケードを利用して

その下に屋台が連なっているのである。

昼時だけに賑わいを見せ、

魚や肉を焼く香りが立ち込める。

人も集まり、湯気や煙も上がる中を九条は通り抜ける。

老夫婦が営むおにぎり屋の前で立ち止まり、

九条は店頭で接客をする老婆に声をかける。

「おばちゃん。今日も20個ばっかしいいかな?」

頭に手ぬぐいを巻き、

かっぽう着を着て背中の曲がった老婆は

「あーい。いつもありがとうございまーす。」

しわくちゃな顔をニコっと笑いさらにしわくちゃにした。

背中を曲げたままいそいそと立ち回り

斜めに半裁した竹の皮でおにぎりを一つ一つ包装した。

それを新品ではないであろう大きめのビニール袋にいれ、

どさっと九条に手渡した。

代金を払い、老婆に礼を言うと学校へ向かう。

向かう途中でおにぎりを1つ取り出してほおばりだす。

よたよたと歩きながら口いっぱいに詰め込んで、飲み込む。

道中、通りすがった男子生徒に見つかり

「あー!!センセイ、買い食いかよー!」

などと言われると、1つ投げて渡して

「うるせー!お前も食え!同罪だ!」

などと笑った。

食糧事情が十分でない時世、

昼飯を用意できない生徒もいた。

九条は彼らにそれとなく配って渡していた。

食べ終わると、手についた米粒を口に運びながら

右手の甲に貼り付けてあるチップをタップし

ライフ・コードを起動した。

通話用ホログラムが現れ、通信を始める。

「アタシだ。九条だ。

 潜入中の高校の超常能力者ともう1つ、

 機械人間の件だ。

 こっちも可能性がある。ああ。先日鉄塔で破壊されたのと別機体だ。

 アタシが最終確認を取るまで待て。

もしもの時はアイツを回してくれ。破壊でかまわん。

いつになる?水曜か。まあいい。

超常能力者はアタシがなんとかする。

 ヨロシク、ウィーっす。」

校門に入る前に会話を終わらせてライフ・コードを切る。

校庭に入り、チラッと背後を見て何かを思う。

「赤い靴ぅ~はーいてた~おーんーなーのーこぉ~。」

再び歌いながら歩きだすが、

かかとを潰して履いているスニーカーが脱げて転びそうになる。

それを見ていて笑った生徒をありえないほどに怒鳴りつけ、

九条は校舎へ入っていった。

 

 同じく月曜日、夕方。

福島第一白川中学校。

下校の時間となる。

夕方に差し掛かっているがまだ季節がら日は長い。

校庭からは運動部の活動の響きや、

校舎のどこからか合唱部の練習の歌声が聞こえる。

一方、校門からはぞくぞくと生徒が下校する。

学校を出てからもしばらく合唱部の歌声は小さく聞こえ続けた。

ほんのりオレンジ色に色づけられた田んぼの農道を

和希は1人で家路につく。

なんてことないじゃない。

やりきったわ。

後は…。

と胸を張って歩く。

しばらく歩く。

途端に胸にこみあげてくるものが止められず

涙があふれだした。

「えっえっゔええぇ。」

鼻水と涙をしゃくりあげながら

誰も見ていない農道を歩いて帰った。