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弾丸は蒼いバラを越えて。-後編-

 

工場を訪れた志野は冴島に用向きを話し出した。

娘がいなくなったので探している、

月雄のもとに行っているか確認を取りたいが連絡が取れないという。

言葉に焦りといら立ちが隠せない様子である。

志野は長い髪を後ろで巻髪にし、

白の半そでシャツに紺色の七分丈のピッタリとしたパンツルックで

ショルダーバックを下げていた。

暑さと急いで工場に来たのであろう、顔やうなじにも汗が噴き出ている。

険の立つ印象があるがスラリとした印象の美しい女であった。

自分のとりみだした様子に気づいたのか

白いハンカチをとりだして汗をぬぐい始めた。

冴島はごちゃごちゃと書類や工具の乗った事務机の上から

コントローラーを取る。

2つしかないボタンのひとつを押すと搬入口のシャッターが音を立てて締まり始めた。

空調が効いてくる。

志野がいうには月雄は戦争から帰ると変わってしまった。

改造人間になっただけでなく働きもせず酒におぼれ暴力をふるう。

耐えかねて数年前から家を出て離婚し、連絡もとっていなかった。

その後、志野に再婚の予定ができた。

15歳になる娘の千佳は実の父という存在を忘れがたく

会いに行ってしまったのではないか。また連れ去られてしまったのではないか。

暴力やよからぬことをされる前に連れ戻したい。

そう言った。

しかし冴島は疑問に思った。

長く月雄という人間を知っているが、

いかに落ちぶれようと女子供に暴力をふるうような人間ではない。

そこへ、志野のライフ・コード※へ電話が入る。

※(この時代の情報端末。手に貼り付けておいたチップをタップすると

ホログラムが現れてネット検索や電話通信ができる)

月雄からであった。

千佳が最近この近辺に出没する営利誘拐犯にさらわれた。

犯人に月雄の連絡先を言ったのであろう、月雄に身代金の請求が来たのだという。

必ず助けるから通報は決してするな、

そしてバッグに何か詰めて身代金に見せかけて指定の場所に行くように言った。

月雄は警察に関わりのある元軍人の同僚に連絡をとり、情報を集めていた。

治安の不安定な施錠で営利誘拐、人身売買などは珍しくもなかったが、

今回の誘拐犯は各地で警察も対応に苦慮しているという。

2人組と少人数ではあるが、うち1人が超常能力者だった。

3km圏内に警察などの脅威が近づくと超感覚で察知され、

逃亡または人質を殺害される。

月雄が戦場で味方を盾にされた時と同じ様な能力だった。

月雄はアパートへ帰ると床板を外し、隠し持っていたライフルを取り出す。

錆びては、いない。

これだけはうち捨てることができず、手入れを続けていたのだ。

窓から薄汚れたカーテンを引きはがして銃を包み、踵を返して出発した。

誘拐犯の指定する身代金引き渡し場所から3km強離れた場所にある、

廃棄された5階建てマンションの屋上へ向かう。

そこからならば犯人に察知されずに狙撃できる。

この一帯は戦時中に大規模な市街戦が行われ、

住民はみな退避してしまった。

戦後、ほぼ廃墟となってしまった街に戻らない者も多かったし、

そういった場所には良からぬ者たちが住み着く。

自然、復興も遅れゴーストタウン化していた。

このマンションも無人になっており、

窓は割れ、室内には家財道具が残されたままとなっているのが外からみても分かる。

足元には割れたガラスや瓦礫が散乱している。

それをブーツでジャリジャリと踏みしめながら屋上へと歩を進める。

屋上へ入ると月雄は遠くを見やった。 空は青い。

遠くに見える山の向こうに雲が積み重なっている。

眼下には廃墟になった街並みが続く。

風が強い。髪が流され、耳に風を切る音が響く。月雄は眼を細める。

足場はコンクリートが割れて鉄骨がむき出しになったり、

所々黒ずんで苔むしている。 月雄は屋上のヘリにうつ伏せにライフルを構えた。

ライフルにスコープはつけない。 月雄の右目の改造眼球が倍率を上げる。

3km先の公園を映し出す。

小さな公園で、壊れた滑り台などが数点あるのみで草木も手入れが無く荒れている。

犯人たちから指定された身代金の引き渡し現場である。

周囲の見晴らしがよく犯人たちからすれば追手を発見しやすく逃げやすい。

月雄は公園内とその近辺の建物や物陰をチェックする。

3kmと言うのは狙撃を成功させるのが奇跡に近い距離である。

出来るのか。改造眼球があれば可能な距離ではある。

月雄は過去の狙撃の経験を思い出し、気配を消す。

1時間はそのまま居たであろうか。

予定の時間より随分早く志野が公園に入ってきた。

ふくれたボストンバッグを重そうに抱えている。

その時、不意に奥の崩れたブロック塀の向こうから2人組の男と千佳が出てきた。

そちらも予定より早い。

月雄は一気に血圧が上がり、動悸が強まるのを感じた。

下っ腹の底が寒くなるような抜けてしまうような感覚に襲われる。

焦り、恐怖、重圧。理性は吹き飛んでいた。

2人の男がどんな背格好なのかを観察するのさえ思いつかなかった。

殺してしまった仲間や兵士がグニャグニャと改造眼球の映像に現れ、

妻と娘の姿に変化した後、撃ち殺される幻が見えた。

息が上がり、口がカサカサに乾いて唾が呑み込めない。

このまま狙撃できずにバッグでも確認されたら終わりだ。

家族を守らねばならない。

落ち着けっ!!落ち着くんだっっ!!

月雄は自分に必死に言いつけた。

1、2、と2秒だけ目をつぶった。

同時に息を大きく吐く。

改造眼球をオフにする。

震える手でライフルにスコープを取り付けた。

地面に肘と胴体を密着させて安定を図る。

月雄はスコープを覗き込み公園の中に蒼いものを探した。

蒼色には集中力を高める力がある。

蒼いバラが一輪、手前の生垣の中に風に揺れているのを見つけた。

木立ちで四季咲きの品種なのか狂い咲きなのか、夏なのに一輪だけで咲いている。

「夏咲きの薔薇の命はみじかいの。」

園芸をする志野がそう言ったのを思い出す。

知らずに「幸せなら手をたたこう」を口ずさんでいた。

眼に力が戻ってきた。

視界が開けてきた。

公園の中央に志野が見える。おびえた様子で何かを話している。

その対面5mの所に3人が志野に向かい合う。

一番後ろに髪をツインテールに結んだ千佳がいる。

襟のついたかわいいクリーム色のシャツに

ひざ丈より少し短いえんじ色のスカートをはいている。

胴を縛られているが怪我や乱れた様子はない。

その前に男が2人。

1人の男は細身で長身、

ぼさぼさ頭が帽子からはみ出ている。

口にはマスクをして、黒いぴっちりとしたシャツに下はチノパンを履く。

背中にふくらみがある。

拳銃をチノパンの後ろに突っ込んでいるのであろう。

もう一人の男は小柄で少年の様にすら見える。

色白で眉にかかりそうな位の髪の長さで、ざんばら髪である。

マスクをして白いTシャツにジーンズ、スニーカーである。

どちらが超常能力者だ?

月雄がそう考えた瞬間、

小柄な男がこちらを向いてスコープ越しに月雄と目が合った。

小柄な男は眼を見開いて、瞳の色が蒼色に変わる。

顔相が獣の様に険しくなり、相方になにかを伝えようと叫ぶ。

吸い込まれるように月雄は引き金を引いた。

弾丸は小柄な男の右の瞳を貫く。

貫通した弾丸と共に後頭部から血が破裂してのけぞって倒れた。

月雄はそこから反射的に長身な男に照準を合わせてそのまま引き金を引いた。

男は後ろ手に拳銃を引き出そうとしていたが、

こめかみを打ち抜かれて前のめりに砕け落ちた。

千佳が叫び出し、そこへ志野が走り寄り抱き締める。

終わった。

月雄は起き上がって座り直し、自分の右手を見た。

右手を握りしめ空を見上げると、すがすがしいほどに青く、強い風が吹いていた。

屋上を吹き抜けて行った風は公園の蒼いバラの花を散らし、

花びらを上空まで舞い上げて行った。