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弾丸は蒼いバラを越えて。-前編-

蒼いバラの花ことばは「不可能」であったという。

品種改良によっても蒼いバラを作ることが不可能だったからである。

しかし研究の末、2000年代初頭に遺伝子操作によって作り出す事に成功した。

その時、花言葉は「夢叶う」に変えられた。

 

場尻月雄は優しい男だった。

太くはないが筋肉質でがっしりとした体つきは

周囲の人間に安心を与えた。 また、強い肉体は銃の固定と精神の安定による狙撃の精度を上げる。

ここは戦場になり廃墟化した市街地の5階建ての屋上である。

月雄は屋上の柵のあるへり付近にうつ伏せにふせてライフル銃のスコープを覗き込む。

心を落ち着かせるために小声で「幸せなら手をたたこう」を口ずさむ。

いつものルーティンで月雄は無意識に行う。

寒い季節である。歌う息が白い。

歌の合間に「ああ、ハンバーグ食いてぇなぁ…。」などとつぶやく。

茶色かかった髪の毛が風に揺れる。外国人のような風貌をしている。

ライフル銃にはスコープのレンズに光が反射しないように布がかけてある。

月雄自身も市街地に溶け込むように白とグレーの迷彩服に身を包んでいた。

諜報部が手に入れた情報では捕虜になった味方をのせた車が

3区画先のビルの屋内駐車場から移送するために出てくるはずである。

それを陸上部隊が急襲し、仲間を救出する手配である。

月雄はその援護である。

もう2日ここで待機をつづけている。

部隊でも目標を狙撃するとともに友軍の援護に才能を発揮していた。

2043年では機械人間兵器や超常能力兵士が開発され導入されている。

生身の兵士にも遺伝子操作や改造手術を行い、戦闘能力を上げるものも多かった。

月雄はこれを是としない。自分の生身の感覚と力に自信があった。

射撃のオリンピック代表にも選ばれた月雄の援護には

これまで多くの仲間が命を救われた。

生き延びて基地に帰り、仲間とウイスキーを開ける。

機械人間兵士や改造手術を受けた改造人間兵士の整備調整をしている、

冴島正と言う男と月雄は気が合ってよく飲んだ。

細身で背が高く、人付き合いは好まないが柔和な男だった。

月雄は決まって内地で暮らす妻と幼い娘の話を始めた。

「娘と縁日に行った時な、娘が射的の景品が欲しいって言うんだよ。

よし来た!と思ってやってみると全然とれなくてさ。娘は泣き出すし…」

と笑う。細い目がさらに糸のようになり、冴島に親バカをからかわれるのだった。

そんな日が明日も来るものだと思っていた。

月雄は狙撃に失敗した。

仲間の兵士に月雄の弾丸が当たり死亡した。

敵の兵士に超常能力者がおり、

察知されて弾丸の軌道を読まれ盾にされたのである。

誰の責任か。

超常能力兵士の存在を突き止めなかった諜報部か

作戦立案した本営か

弾丸を放った月雄か。

月雄は銃を撃てなくなった。

正確には撃つことはできたがスコープを覗くと

殺してしまった仲間の姿が見えてしまう。

トリガーを絞ってもあらぬ方向へ弾丸は飛んで行く。

毎夜悪夢にうなされるようになった。

月雄は改造手術を希望した。

冴島は懸命に止めたが月雄の決意は固かった。

右目にスコープのような青いレンズのついた機器を取り付けた。

視神経と接続して遠近の視覚の強化はもちろんとして、

赤外線や音波レーダーなどの情報も視覚情報として表示される。

月雄の射撃の精度は元に戻った。いやさらに上がったと言っていいだろう。

今までより多くの目標を狙撃した。

生身の時は狙撃をしてもお互い命を懸けた結果と捉えられたが、

機械を導入すると自分が殺戮兵器になってしまったような錯覚に襲われた。

悪夢はやむどころか悪化し、罪の意識にさいなまれ眠れなかった。

月雄は酒に頼るようになり狙撃手から外された。

そして2045年終戦を迎え、内地へ帰る事となった。

 

終戦から3年が経った。

東京市東部地区にとある自動車整備工場がある。

自動車整備工場とは表向きで、

もぐりで機械人間、改造人間その他機械類全て金次第で修理改修を請け負っている。

終戦後の混乱期で治安も悪く正規の市場や警察機構も機能しない。

こういった非合法の商売や闇市など発生し人々の生活を支えた。

この整備工場というのは復員した冴島が商っている。

周囲の人間からは敬意と変わり者と言う意味も込めて「博士」と呼ばれていた。

いつも白衣を着ているせいもある。

月雄は数か月に1回程度、

改造した部位のメンテナンスに工場を訪れていた。

自宅の一階を改修した10平米程度の修理工場に2人は対峙する。

壁際には事務机と応接用のソファーとテーブルがあり、

そこかしこに工具、通信機器と思われる機械やバイク、

車の部品などが無造作に置いてある。

来るときはいつも酒に酔っていた。

妻と娘とは別居し、小さなアパートに1人暮らしている。

軍人恩給を受け取っているので収入はあるが、

ほとんど妻と子供に送ってしまっているので安酒しか飲めない。

服もくたびれた作業着のような物をいつもまとい、

顔色はわるく髪は乱れている。

すでに体を壊していて、以前のたくましさは見る影もない。

冴島は実際の10分の1程度の報酬でメンテナンスを行い、

あとは少し酒に付き合った。

もう月雄は長くは生きられないのではないかと考えていた。

ただでさえ、改造を受けると生体のバランスが崩れて寿命は縮まる。

その上、この生活と精神の荒れようではどうしようもない。

月雄は2人で飲み始めると必ず自分の心の弱さを嘆いた。

戦地での失敗。

自分の無力に向き合えず改造手術に頼った。

またその力と罪悪感にも耐えきれず酒に逃げて軍を追われる。

内地に戻れば妻と子供ともうまくいかず別れた。

苦痛から逃れよう逃れようともがいても別のぬかるみにはまる。

悪夢の泥沼を這いまわっているようだと言った。

酔い崩れた。

だんだんと月雄は冴島の工場にも現れなくなった。

しばらく後、一人の女が訪ねてきた。

季節は8月である。

空調はついているが搬入口のシャッターが開いているので

蒸し暑い空気が流れ込んでくる。

蝉の声と近隣の鉄工所から鉄を打つ規則的な音も響く。

冴島は整備していたバイクのもとから立ち上がり、手をふきながら用向きを尋ねた。

女は場尻志野という。

月雄の別居中の妻であった。