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ツンデレ機械人間(女子)は近未来戦争後に恋をする

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異変はその日の夕方、兄の正によって気づかれた。

女は「しまった。」とだけ思った。

女はその街の裏通りの一角に兄、冴島正と共に暮らしている。

「リンゴ、この男は誰なんだ?」

正が板チョコをくわえながらを尋ねる。

女の名は、リンゴ。

セーラー服を着て色が白く肩まで伸びた黒髪がしっとりとしている。

一見、険がある外見である。

見る人が見ればそれは整った顔立ちだろう。

同年代の女子と比べれば少し背の高い、スラリとした体形である。

リンゴは作業台の上に横になっている。

後頭部には壁際のコンピュータデバイスにつながった赤や緑のケーブルが接続されていて

コンピューターの画面にはリンゴのステータスが映し出される。

そこの映像データに、ある男が写されている。

「は?なんのこと?知りませんー。」

リンゴは動揺を隠すような無表情で突っぱねるように答える。

映像テータはすばやく閉じられ、パスコードが必要なロックがかけられた。

なんという事はないはずの映像である。

しかし、リンゴには人に見られると危険が予測された。

ここ、自宅の一階を改修した10平米程度の修理工場の中には様々なケーブルに繋がれた大型コンピューターが設置されている。

その他にも工具、通信機器と思われる機械や

エンジンが開かれているバイクなどが置いてある。

空調が効いてはいるが機械類の発する熱と埃、土足の為の砂が舞っていて暑い。

部屋の中は黄色く煙っているような臭いがする。

リンゴはこの匂いが嫌いだ。

埃で計器が狂いそうな気がする。

「知らないってお前、最近妙にこの男の視覚映像データばかり記録してあるじゃないか。」「何か分析でもするのか?なんで?」

正がチョコをかじりかじり尋ねる。

ミルクチョコでとことん甘い。すぐ溶ける。

汚れた白衣をまとって中にはツナギを着ている。

頭はボサボサである。

背は高く、180㎝はある細身、顔が面長でどこか影があるが目は優しげだ。

チョコレートで汚れた手を白衣にこすり付けて拭いている。

「ア゛ー!ちょっとチョコついた手で触らないでっ!

勝手に人の頭の中見んな!最低!博士キモい!どっかいけ!死ね!オッサン!」

リンゴはぷいと向こうを向いて台を降りようとする。

「オッサンて酷いなお前、まだ30だよ俺。いいからメンテナンスしないと。

この男の姿ばっかり録画して記憶容量だって限界があるんだから。」

呆れた様に正が制止しようとする。

「ヤブ!さわんな!痴漢!いやーーーー!」

博士の口から板チョコを奪って向うへ投げ捨ててリンゴは叫ぶ。

「あぁ!!馬鹿!貴重品を!!」

と正は叫んであわてて拾いに行く。

地面に落ちて砂だらけになった板チョコを拾いあげ、

フーフー息を吹きかけて砂を落としてまたくわえる。

リンゴはその姿を眉をひそめて見ている。

リンゴは正の事を博士と呼ぶ。

言語選択は自由意志にプログラムされているが兄さんとも正とも呼ばない。

 

2048月のある日の出来事。とても暑い日で街路の端に咲くヒマワリの黄色が映える。

これまでたくさんの人が死んだ。無駄に死んだ。

3前に終わった第二次極東紛争の戦後の騒乱はまだ続いている。

極限ギリギリの技術革新は近代殺戮兵器に加え、

ロボット兵器や、サイボーグども、サイキック兵士どもの

血みどろの殺し合いに発展し、多くの腐臭に満ちた死体と不幸を量産した。

ここ、第一新東京市東部ではいまだ戦前の生活には戻れず、戦後特有の土煙色した熱気があつく人々の生活の困窮を煽る。

街のところどころで乗り捨てられて動かなくなった戦車や、

捨てられた兵士のヘルメットがオリーブグリーンの色合いと

濡れた鉄の臭いを放っていた。

ブルドーザーの様な形をした大型ロボットが

瓦礫や様々な残骸をかたしている。

餓死した人間が路上に転がっているところもまだ多い。

人々はそれに見向きもしない。

機能性と清潔を体現していたオフィスビルは瓦解したまま放置され、

根元から濃い緑の蔦が絡んで湿気を放っている。

その足元では人々が煤と土埃にまみれて闇市を開く。

土埃で口の中がじゃりじゃりとする。

闇市では食料、衣類から通信機器デバイス、コンピューターまで様々取引されていた。

ハイテクとローテクが混然一体となって街の生活を色づける。

リンゴは戦時中に開発された戦闘用ガイノイド(女性アンドロイド)である。

大学でロボット工学を研究していた正は

戦後に需要が減り廃棄されたのガイノイドが闇で売られているのを見つけた。

正が買わなければ、どこかのテロリストか他の軍事国家へ流れて

人殺しに使われるであろう。正は大金をはたいて買い取った。

唯一の家族であった妹を戦争で亡くしていた正は

そっくりに自立思考型の機械人間に非合法で造り替えた。

機械人間を個人が所有する事は現在禁止されている。

当局に発見されれば即刻破棄され、正は懲役に服すことになる。

しかしそれでも両親を既に亡くし、

妹すら不条理に奪われた正は心の穴をふさがねばならなかった。

正はリンゴを人間に交じって高校へ通わせた。

リンゴは望まなかったが生きられなかった妹の生を代替してほしいという

兄としてのわがままからであった。

リンゴもそれをわかっている。人殺しよりはずいぶんマシだ。

そう考えている。

17歳程度の外見、精神年齢に設定してあるが製造されてからまだ3年である。

プログラムの改造に失敗したのか、妹とは違い性格は気難しく、

とにかく手を焼いている。

制服や洋服の好みもうるさくて、正が買って与えたものなどまず着ない。

シンプルな無地の物で軽くそれに加えて

女子特有の基準で正にはわからない「かわいい」物を好む。

この物資のない時代に兄として日ごろ頭を抱えている。

完璧主義で部屋などはパソコンのファイルとフォルダを思わせるような

系統立ての整理をされ整然としている。

物や棚や机、リンゴがスリープ時に横になる為の冷却機が置かれていてパッと見、

桝目状に見えるよう配置されている。

それはまたリンゴにとっては「かわいい」のである。

そしてチリひとつなく、空調でひんやりしている。

正が勝手に物を動かそうものなら半日は大ゲンカになる。

兄妹は正が戦後始めた自営の修理工で生計を立てている。

パソコン、通信機器、車、退役サイボーグ兵士のメンテナンス、合法、非合法、何でも引き受けた。

そのお陰で今のご時世の中では経済的には裕福な方と言える。

リンゴの莫大なメンテナンス費用もまかなえるわけである。

正は、いつもお決まりの汚れた白衣を身に纏い、朝から夜中まで作業を続ける。

リンゴが来るまでは家事も人付き合いも最小限しかしなかった。

そこから、「変わり者」というからかいも込めて周囲の人間には博士と呼ばれていた。

よくチョコレートをかじる。

脳への糖分補給と、酒も煙草もやらない博士の唯一の嗜好品である。

なかなか手に入るものではないが、

客が優先して依頼したい時に博士を釣るエサとしてもってくるのだ。

博士はそれを遠慮なくもらう。

厳しい時代、いや、いつの時代もお行儀よく順番を待っていては出し抜かれる。

逆に言えば付届けさえすれば優先されるのである。

それを皆わかっているから文句を言う者はほぼいない。

正はチョコを切らさずに済んでいる。

 

さて、異変についてである。

正が今調べられただけでも、

 

・先に挙げた男の大量の視覚映像データの保存。

・定期的に何度も脳内再生している。

・男が近づいてくると体内制御システムが狂ってアラートが鳴る。

・男に近づく事が出来ずに避ける。

・男がこちらを見ると目をそらす。

 

男は学校のクラスメイトの様で

リンゴの席の左斜め前の席に座って授業を受けている映像が最も多い。

正がまず考えたのは、男がサイキックである可能性である。

テレパス(テレパシー能力者)は超感能力によって機械人間を見破る。

リンゴには戦闘用であった頃から対サイキック用感知センサーが搭載されている。

サイキック達が能力を発動させる際に発する脳波を感知できるのだ。

戦時中はサイキックどもと機械人間どもは互いに天敵であった。

現在、サイキック兵士や戦争に関わらなくてもサイキック能力を発現させた者は

その能力ゆえ厳しい当局の管理監視下におかれる事になっている。

機械人間は問答無用で廃棄処分される。

両者とも戦争の用済みになれば社会の厄介者なのである。

リンゴの自立思考に関わらず、センサーが作動したのか。

機械人間であることが露見すれば兄妹は破滅である。

そうであるならば、早急に何らかの対処をしなくてはならない。

そうであるならば、リンゴのデータをもっと詳しく調べなければならない。

が、リンゴはもはや後頭部のケーブルを荒っぽく引き抜こうとして抜けず、

ヒステリーを起こしている。

「おいおい!ちょっと待て!取り外しのコードを入力するから!勝手に抜くなって!」

と正は作業するふうを装ってポータブルのコンピュータ端末へ無線接続をセットした。

これで無線が届く範囲ならば

リンゴのステータスやデータがポータブル端末から見ることができる。

20×10cm程度の大きさで、厚さ1mmのふちなし耐圧耐水・超薄型液晶端末である。

場合によっては丸めたり折ったりしても問題なく作動する。

「しかたない。今日はここまでだ。食事にしよう。」

正がリンゴの後頭部からケーブルを抜いて工場からダイニングに続く扉に誘導する。

「いらない。」

リンゴは向うを向いたまま答える。

「ダメだ。ここはお前の家でもあるが俺の家でもある。

一緒に食事をとる。大事な事だ。

家族には儀式が必要だ。わかるか?」

正は毅然とした顔で言った。

リンゴは釈然としない。

「だって私、食べたってエネルギーに変換できないし無駄じゃん。機械だよ?」

リンゴは反論した。

家族でもないし、

と付け加えようとしたがそれは正が悲しむのを知っていたのでやめた。

しかたなしにダイニングに向かっていく。

「味覚センサーはついてるんだから、楽しめよ。

 今日はお前の好きなハンバーグだぜ♪」

正はリンゴの後ろから両肩を押してダイニングに急がせる。

「む、まぁあれはマシかな。」

リンゴには疑似感情システムが搭載されている。

リンゴの反応が本当の感情なのか、

システムが表向き作り出しているだけの物なのかわからない。

理論上は後者だ。正もそう考えている。

例えまやかしでも現実に実現してしまえば正にはどちらでも良かった。

ダイニングはキッチンと一体化したもので、こじんまりとしている。

4人掛けのテーブルとイス、食器棚。壁には小さなヒマワリの絵が飾ってある。

冴島家の帰宅したらとりあえず入る部屋、である。

暖かな照明の下に食卓が広がる。

ダイニングテーブルに向かい合った二人の前にはサラダの添えられたハンバーグ、

平皿に盛られたライスにカップスープが並んでいる。

サラダは水気を含み、ハンバーグは肉汁を垂らしてじゅうじゅうと唸っている。

正が作ったものなので見てくれは荒いが、好い匂いが味の確かさを証明していた。

正はもう一皿ハンバーグを用意していた。

リンゴが疑問に思い尋ねると

「よくメンテナンスに来てたあの退役サイボーグな。死んだんだ。

機構の劣化がどうしようもなかった。

ハンバーグ好きだって言ってたからさ。」

正はそう言いながら皿を勝手台に置き手を合わせた。

リンゴは

「そう。」

とだけ言った。

正が席に着き、テレビをつける。

この時代のテレビは小さな受信機から空間に映像を投射するものである。

ダイニングに見合った小型の映像と音声が流れる。

国営放送のニュース番組がはじまる。

緑の軍服を着た軍閥政権の党首の演説が流れ、けたたましい声で訴えかける。

胸には勲章やバッジが光っている。

腕と胸には紋章があり黒ぶちに囲われたの緑の十字が赤い背景地の上に描かれていて

紋章全体の淵には細かく装飾がしてある。

正は聞きもせず民放のニュース番組へチャンネルを変えた。

女性アナウンサーがニュースを伝える。

この国の第一皇女・エリが留学するらしい。

音声に雰囲気を任せながら食事が始まる。

「おいひい。博士これならお嫁さんいらないね。」

ハンバーグをほおばりながらリンゴがからかう。

そうとう熱いはずだがリンゴには関係ない。

「うるさいな。その内ピチピチのギャルもらったるわ。」

と正はハンバーグとライスを掻き込む。

こういう会話をしていてもリンゴの中では他人臭さが消えていない。

博士の愛情も家族である事も、文字情報の意味でしか理解できない。

自分の中の人物認識の分類が博士も他人も変わらないのだ。

しかし、戦地での諜報活動や機械人間である事を偽装する為に搭載された

疑似感情システムは問題なく稼働してコミュニケーションをとり続ける。

食事を搔き込んで食べる正を見ながらリンゴは言う。

「てかさー、さっきチョコをバリバリ食べててよくまた入るよね。」

正は気にせず

「チョコは別腹。こないだ人工心臓の注文をしてきた女が

優先して作ってくれってので、大量に持って来てな。」

リンゴは呆れ顔で

「あーあのサングラス女ね、

飛崎ミユ(この時代のアイドル)に似てたよね。

ヤダヤダ、でれでれしちゃってさあ。」

会話をしながらも正はリンゴからテーブルのかげで見えないように

膝の上にポータブル端末を置き、

どうやって男の事を探り出すか考えている。

緊急の自体も考えられるので勝手に記憶データを探る事も考えたが、

さっきからリンゴは記憶データにロックをかけているので入る事が出来ない。

ロック解除のコードは改造時に正が決めた物だったが、

生活から学習して蓄積した記憶データを元に自立思考システムが

リンゴの性格を作り出している。

リンゴは通常の機械人間からは逸脱したシステムを構築し始めていた。

会話でなんとか記憶のデータにアクセスするように仕向けて

ロックを自分で外させるしかない。

「学校じゃ、弁当は誰かと食ってるのか?今日の卵焼きしょっぱくなかったか?」

正が話題を変える。

「ん。別に大丈夫だった。一人で食べてる。」

とリンゴは答えたがポータブル端末を見ると大して思考していない。

適当に受け流されているようだ。

「あれ?そういや明日学校の校外学習じゃなかったっけ?弁当いるの?」

正はキッチンの白い冷蔵庫に貼ったはずの父兄へのお知らせを見に立った。

「あれ、ないな。貼っておいたと思ったけどな。」

冷蔵庫の周りをうろうろしながら探していると、リンゴが後ろから

「いらない。明日は休む。後で学校に連絡入れて。病欠かなんかで。」

と声をかける。

正はダイニングに戻ってきながら

「えー。何でよ。行かないの?」

と聞くとリンゴは

「行かない。行きたくない。」

とつっけんどんに答える。正は仕方ないと言った表情で

「まあ、無理していく事ないけどね。でもどこ行くんだ?そういうの懐かしいな。

 お前用のしおりとかないの?見してよ。」

と言う。

リンゴは食事の手を止めて、壁際においてあった学生鞄からしおりを出して正に渡す。

ずいぶんと読み込んだのか、紙がよれている。

正は疑問に思ったがパラパラと開きながら

「あー、旧東京観音跡地かあ、学生の時は行くよなーあそこは。ふむふむ、班分けなんかも載ってるわけだ、なつかしー。楽しそー。」

と、横目でリンゴを見ると不機嫌そうなのでしおりを閉じてテーブルにおく。

リンゴはもうしおりには手も触れず食事を続けている。

正は寂しそうにリンゴに聞く。

「友達は、やっぱり作らないのか?」

リンゴが嫌う話題である。

リンゴは学校では他人との交流を避けている。

サイキックがいる可能性や、

いないとしても他人と交流して怪しまれるリスクを高めるだけだと言うのである。

しかしそれは表向きである。

劣等感。

他人にあって自分にはない夢、挫折、恋、不安、将来、希望、

無条件に体に宿った輝きを、生の輝きを目の当たりにし、

また、生を持っている本人たちは生きるのが辛い、だるいと言う、

リンゴには決して手に入れる事が出来ない実存。

その有り様に本人は自覚していないが

疑似感情システムが劣等感に近い行動をリンゴにとらせている。

「いらない。バカばっかりだし。博士だっていないじゃん友達。」

リンゴは答える。

機嫌が悪くなるのが見て取れるがひるまず正が問いかける。

「今は少しはいるさ。お前から見りゃ、みんな馬鹿だろうけどな演算機能もネット検索も一瞬のお前と比べちゃかわいそうだよ。人の価値はそこじゃない。」

話が逸れてしまっているが核心の男を探らねばならない。

おそらく学校のクラスメイトだが、直に訊ねると答えないだろう。

正は遠まわしに核心に迫っていくつもりで周囲の男の話から探っていく。

「言い寄ってくる男子生徒はいないのか?突然告白してきたり。ま、お前の無愛想じゃモテるわけないか。」

リンゴはムッとして答える。

「悪かったわね。人間はネクラな奴は嫌いなのよね。それだって個性なのに。」

「てか、私の事好きになんてなる訳ないじゃない。

私足太いし

目だって飛崎ミユみたくパッチリじゃないし

わがままだし

料理もできないし

てか、食べなくて平気だし。

機械だし。あたし。あはは。

恋愛なんて関係ないし理解できないし時間の無駄よね。

限られた時間はもっと有効に使いたいの。

みんな愛だ恋だって、結局性欲じゃない。

けがらわしい。

もっと崇高な使命に生きればいいのに。

人間は万物の霊長なんでしょう?

動物と変わんないじゃない。」

リンゴはハンバーグをつつきながらいらだたしそうに答える。

自己弁護をしているのだ。

正が尋ねる。

「限られた時間ね。

そうだな、じゃあ、どういう男なら貴重な時間を使ってでも仲良くなってみたい?」

リンゴの手が止まる。

心なしか真剣に考えているように見える。

端末を見るとさまざまなデータフォルダを目まぐるしく開いて検索している。

「今まで会った男でいいのはいなかったか?」

リンゴは記憶データのロックの解除コードを入力して

男のデータを見返そうとしている。

来た。正は思った。

正はロックが解除されると即座に男に関する全てのデータを端末でコピーする。

いつまたロックをかけられるか分からない。

そしてリンゴは顔をすこしうつむいて横を見ながらたどたどしく答えた。

「弱い者を助けられる人は、、、

何かいいかもね。

他人の為に危険とか苦労できるって。

そういうのって理解できないけど。

崇高な気がする。  

私には、ない。」

正の膝の上にあるポータブル端末ではリンゴのある記憶データが再生されている。

リンゴが回想していると言う事である。

ポータブル端末で再生されているので音声は消してある。

リンゴの眼を盗んでテーブル下の膝の上に置いている為

まだ詳しく見ることができない。

以下、その映像。

時は夕方。日が暮れかかっている。

奥には焼却炉と駐輪場が並んでいる。

戦前から施設なのでところどころ傷みがひどい。

学校の校舎裏の様だ。

ゴミ捨てを終わり、歩いている。

校舎の壁が切れた所で例の男が3人の不良らしき男に囲まれているのを発見する。

不良らしくそれぞれ制服をくずして着こなしている。髪型も攻撃的だ。

例の男は殴られたのか傷だらけだった。学生服も泥だらけだ。

左袖からは手が出ていない。

背はそんなに高くなく、リンゴと同じくらいだ。体も細めで強そうではない。

目にかかるくらいの黒髪の間から意思強く不良たちを見据えている。

その後ろには傷ついた犬が横たわって両脚を縛られている。

おそらく不良どもがいじめていた犬を例の男が助けたのであろう。

なんとか抗うが不良の方が多勢な上に体格も大きい。

不良たちは笑ってさらに殴ろうとする。例の男が何かを叫んだ瞬間、

リンゴは校舎の裏から歩き出る。

何か声をかけたようで不良と例の男がこちらを向く。

不良どもはリンゴの姿を見ると良いものを見つけたとばかりにこちらへ寄って来る。

が、その後は一瞬であった。

リンゴの平手打ち3発で不良どもは崩れ落ちた。

リンゴは膝をついて倒れかけている例の男に駆け寄り抱きとめる。

例の男は犬の方を指さす。

犬の方を先に助けてやってくれとでも言っているのだろうか。

その顔を見ると血だらけではにかんだ笑顔だ。

一瞬、リンゴの動きは止まり、システムはフリーズする。

再始動するのに多少の時間を要した。

リンゴは犬の縄をほどき解放してやると犬は走って逃げて行く。

次に例の男の方を見ると立ち上がっており、

口に人差し指をあてて、秘密にしてほしい意味のポーズをしている。

リンゴが頷くと、例の男ははにかんだ笑いを浮かべて帰って行く。

リンゴの視界には例の男の後ろ姿がしばらく映り続けている。

映像終わり。

本来なら正体が悟られるかもしれないこんな行為はせずに、

大きな声を上げるだけでも良かったであろう。

リンゴが何を思ったのかは別のデータを検証しなければならない。

真似て、みたかった。のだろうか。

「ま、いたとしてもね。」

リンゴは食事を終え、食器をシンクへ運びながら言った。

正はポータブル端末をくるりと巻いて懐へ隠しながら、また声を掛ける

「そうかー、でもなぁ、少しくらい人と接してみても、、、」

リンゴは正の言葉を遮り

「うるさいな!私は機械なの!それなら人間にしてよ!」

そういってリンゴは部屋を出る。

正は何も言えなかった。

リンゴが部屋を出るのを確認すると修理工場へ向かい、

ポータブル端末をケーブルで壁際のメインコンピュータへ接続する。

「人間にしてくれは参ったな、、、。」

とつぶやきながらデータを開いてみると中の記録に正は驚いた。

男の名は上野光太郎。

第一新東京市立東高等学校へ通う高校2年生。

この春転校してきて、部活には入っていない。

第一新東京市東部緑区在住、

家族構成、

血液型、

来歴、

病歴、

成績、

趣味、

恋愛経験、

ネット閲覧履歴、

左腕がない理由、

などなど。落ちた髪の毛からDNAも採取している。

学校のデータベースどころか本人のパソコンや

公共機関にハッキングを仕掛けなければわからないような情報まである。

リンゴにはそれが可能である。

彼の家も検索して見に行っている形跡すらある。

「ストーカー?」

と、言いかけて正はここにきてやっと頭の中で何かがつながる。

駆け引きの為とはいえ言い寄ってくる男がいないか

リンゴにずけずけと聞いた自分の鈍感さが嫌になった。

「恋、だよなぁこれは。」

「そして恋をしていることに気づいていないんだろうなぁ。

我が妹ながら、、、。

造られてから3年、

初めての感情、、、いや、

疑似感情システムの作ったただの反応か?

どっちにしろお前の性格じゃ自分が男の子好きになったなんて認められないな…。

こういう時、男親はどうしてやったらいいんだろうなぁ。」

と手のひらを顔半分にあててうつむいてつぶやく。

そしてがばっとコンピューターの画面に向き直り、眼を見開いて考えた。

叶えて、やれないものだろうか。

馬鹿げているかもしれない。

リンゴは機械人間だ。

人間と結ばれる事はできない。

でも、今自分が見たものはまごうことなきリンゴの「心」だ。

妹の想いだ。

少し、病的だけれど。

機械人間の耐用年数は10年程度だ。

どんなに整備しても、

部品を入れ替えても、

他の機械製品と同様にどうやっても寿命が来て壊れる。

もうガイノイドの機体はもう手に入らないだろう。

コンピューターにリンゴの自立思考システムと記憶を移してしまう事もできるが、

それはリンゴも望まない。

長くてあと7年、

短い偽りの生。

その中でリンゴが見つけたあるはずのない感情。

彼女の人生の成功を願うならば、例え傷つく結果になったとしても、

仮にこれによって機械人間である事が露見し、正は投獄され、

リンゴは破壊される危険性があったとしても、

正は親として兄としてこの恋を経験させてやりたかった。

そこで、はっと気づく。

「上野光太郎、、、?この字面、どこかで見たな、、、。どこだ?あっ!!」

正は急いでダイニングに駆け戻り、

テーブルの上に置きっぱなしの校外学習のしおりをバラバラと荒っぽく開く。

そして何かを発見する。

「なるほど、、、。行きたくないわけだ。」

しおりの後半ページにある班分けを見てみると

リンゴと上野光太郎は同じ班になっている。

「チャンスだ。行けばきっと何か発展する。

あの上野君、データを見る限りでは良い男だ。

機械人間を受け入れてはくれなくても、警察に突き出す様なマネはしないだろう。」

「行け、リンゴ。」

「行って経験して来い。それが生きるってヤツだ。

もしフラれても、家でハンバーグ作って俺が待ってる。

そしてもし万が一でも可能なら、愛してもらえ。」

兄の心からの願いである。

しかしそれには大きな障害が立ちはだかっている。

リンゴのあの性格だ。

どうやって行かせるか。自分の気持ちに気づかせるか。正は頭を抱えた。

正はコンピューターの前に戻り、データを一つ一つ見返す。

妹の切ない思いが伝わってくるようである。

「どうする。どうする。考えろ考えろ。

俺がプログラムやデータに侵入して行くように書き換えるのじゃ、もちろんだめだ。

お前がお前の意思で参加して、上野君と仲良くなるんだ。

そしていつか思いを伝えられるように。」

正はデータを再度食い入るように見直す。

いつしか時計は12時を回っていた。

深夜にも関わらず注文されていた品の金額交渉の電話がかかってきて

それどころではないのにずいぶん粘られて結局値切られてしまった。

「まったく、納期と金額の問題をすり替えて値切りやがって。

こんな時に、、、。

ん?すり替え?納期と金額、、、?

そうだ!」

夜は更けていく。

 

翌日。

校外学習当日。

天気は晴れだが早朝の為まだ薄暗い。

今日も暑くなりそうである。家の中はまだ静まり返っている。

リンゴは休む予定になっていたのでまだ起動して来ない。

正はリンゴの部屋へ向かい、ドアをノックした。

素足に床がひんやりする。

「起きろ。リンゴ。話がある。」

正の表情が暗い。徹夜のせいか顔も青ざめている。

リンゴがしばらくして部屋から出てくる。はだかである。

スリープ用の冷却機に入って眠っていたのだ。

「何?」

いぶかしそうにリンゴは答える。

「何でもいいから服を着てリビングに急いで来てくれ。」

と正は先にリビングに向かう。

リンゴは首をかしげながら部屋へ入り

無地の白Tシャツとピンクの短パンを着てリビングへ向かった。

リビングに入るとテーブルの周りに配置してあるクリーム色のソファに正は座り、

前かがみで手を組んでいる。

「座れ」

正は自分の向かい側のソファを指して言った。

リンゴが足をそろえてちょこんと座ると、正は話を始めた。

「まず、お前に謝らなければならないことがある。」

リンゴは無言で聞いている。

「お前の記憶データ、上野君に関するものを勝手に見せてもらった。

緊急のためとはいえすまない。」

リンゴは眼を見開き、動きが取れず

「えっ。」

っとだけ言った。

その十数秒後、慌てたように怒りだす。

「さ、最低!なにそれ!ふざけないでよ、そんなの、最低!

や、やっぱり死ねばいいのよヤブ!バカ!」

と席を立って部屋へ戻ろうとする。

慌てて正は腰をうかせてリンゴの腕をつかみ、制止した。

「待て、すまない。でも、大事な話はここからなんだ。上野君に関わる事だ。」

それを聞くとリンゴは少し顔色が変わる。

不承不承またソファに腰かけたが、顔は正の方に向けずにぷいと横を向いている。

「で、なによ。」

リンゴが訪ねると正は暗い口調で言った。

「簡潔に言おう。 

俺はお前がなぜ上野光太郎にこだわるのか、気になっていた。

万が一テレパスでお前が機械人間だと気づかれたら一大事だ。

それで勝手だが、データを見せてもらった。」

リンゴが慌てて

「そ、そんな訳ないじゃ、、、」

と言うのを遮って正が言う。

「じゃ、なんでこんなに調査、観察している?

危険を察知しているのではないかと俺は考えた。

そしてデータを検証し、俺なりに上野光太郎と言う人物について調べてみた。」

リンゴは何も言えない。

正は続ける。

「結論を言おう。

上野光太郎はプレコグ(予知能力者)だ。

彼の脳波はサイキック兵士のプレコグのそれに近い。

戦争中、作戦立案に使われていたサイキックだ。

その脳波がお前のセンサーに引っかかって来たんだ。

テレパスの様に直接的にお前の事を察知しないとはいえ、

予知でお前の事を見て気づく事がないとは言えない。危険は排除したい。」

正は一息おいた。

リンゴは相変わらず目を見開いて何も言えない。

「お前のクラスメイトに心苦しいが、匿名で警察に通報させてもらった。」

正がそう言うと、リンゴはガバっと立ち上がった。

何かを必死に考え、検索している様だ。

答えは出ない。

正は続ける。

「お前の安全と社会のルールの為だ。

サイキックは機械人間同様に社会への危険性が高い。

別に何か思い入れがある相手でもないんだろ?」

リンゴは

「ない、、、けど。」

といってうつむいてしまった。

「それならいいな。警察は今日中に上野君を逮捕すると言っていた。

逮捕されれば一生監禁生活だろうが、運が悪かったんだな。お前のせいじゃない。」

正は話を終ろうとするとリンゴが食い下がってきた。

「ダメ!そんなのダメ!

上野君は良い人よ?それがなんでプレコグだからって一生監禁さ

れなきゃいけないの?なら私が捕まるよ!

機械人間なんだから、壊されたってもともと命なんてないし!

何で!?何でそんな事するの博士!」

正は内心ニヤリとした。そして冷たく答える。

「彼の事なんとも思ってないんだろ?」

リンゴはためらってから

「思ってない、、、思ってないけど嫌なのっ!」

と叫んだ。

正は口に手を当てて少し考えるふりをしてから

「なんでそう思うんだ?理屈に合わないな。

バグかエラーじゃないのか?

お前の思考システムはなんでその答えを出している?

ちょっと自分の状態や感覚がなんなのかネットでいいから調べてみろ。」

そう言われてリンゴは少しうつむいてぶつぶつ何かを言いながら検索している。

そして止まる。

何か答えを見つけた様子である。

「そんな訳ない。私が、、、そんな訳ない!

私なんて機械だし、好かれる訳ないし、そんな事は、ダメなの、足太いし、、、」

と自問自答している。

正は笑いながら、追い打ちをかける

「よくわからないけど、

お前が機械であるのと人間であるのとでは上野君への気持ちは変わってしまうのかい?

どっちであろうと、お前は、どうしたいの?」

リンゴはハッとする。

正は続けて

「上野君今日にも捕まっちゃうよ?」

リンゴは我に戻り

「そんなことさせない!」

と踵を返し自分の部屋に向かう。

部屋から出てきたときはセーラー服に着替えていた。

急いで玄関に向かいながら

「私、上野君の所へ行って説明してくる!何とか助けてくる!全部話しちゃうから!

私が機械人間なのも博士の事も!博士なんて大っっっ嫌い!ホントに嫌い!もう戻ってこないから!!」

と叫んだ。

正はニヤニヤしながらそれを見守り、

「ほれ、忘れ物だよ。」

と校外学習のしおりと弁当を投げ渡した。

リンゴがそれを両手で受け取ると、追加で板チョコも一枚投げて渡した。

「上野君と二人で半分づつ食べなさい。上野君今日が最後の娑婆だから。

全部あげちゃだめだよ?二人で食べな?」

と正が言うとリンゴはさらに怒り

「最低!!」

とバタンとドアを荒っぽく締めて行ってしまった。

リンゴの腕力でドアが壊れて外れた。

正はドアの外れた玄関から見えるリンゴの後ろ姿に

満面の笑みで軽く手を振りながら

「いってらっしゃ~い。全部ウソだけどね~。普通の人、上野君によろしく~。」

と見送った。

正の策は上野光太郎の人格を見込んでの賭けで危険ではあったが、結果は良い方に転ぶに違いない。正はそう考えるようにした。

今、リンゴは上野光太郎の元へ朝の街並みを一生懸命に走っている。

自分の気持ちをかみしめながら。

朝の薄暗さに陽が差し込んできた。

今日も戦後の街が動き出そうとしている。人々は今日も生きる為に働く。

 

校外学習から帰ってきてリンゴは正と大喧嘩になったが、

リンゴは初めて正を「兄さん」と呼んだ。