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十一話 あざなえる運命(さだめ)

エイジは焦っていた。

妙子が特高に捕縛されるかもしれない。

捕縛されれば嫌疑があるというだけで様々な罪状や保護理由を並べられて

取り調べを受ける。

捜査官に強制的に自白でもさせられれば監視用の施設に送り込まれ、

ほぼ監禁生活である。もはや自由になることはないであろう。

自然と走る足も速くなる。

人の間をすり抜け、途切れない車の流れを横に飛び越え高校へたどり着いた。

校門をくぐると、ぐいっと袖で額の汗をぬぐい、

そのまま校舎の中を教室まで駆け上がった。

教室の扉を走り込んできた勢いに任せて力任せに開ける。

引き戸型の扉は大袈裟な音を立てて開き、中にいる生徒たちの注目を集めた。

気に留める余裕もなかったが、今は授業間の休み時間の様である。

みなめいめいに仲の良いものとカードゲームをしたり、

おしゃべりをしたりしているた。エイジの登場までは。

静まりかえる教室内の全員が息を切らし額から汗がしたたり落ちるエイジを見守った。

エイジは教室内を注意深く見まわす。

妙子がいない。

「タ、タエコ、いや。誰か堤サンはどこか知らないか!!」

教室の前の方の机に3人かたまっておしゃべりしていた女子の一人が

戸惑いながら外を指さして

「さっき…警察の人が来て一緒に行ったよ。事故現場の実況見分がどうのって。」

エイジは返事もせずにまた走り出す。

「ファッーーー〇ッ!!!!」

廊下にいる生徒たちをかわしながら走る。

階段を飛び降り、昇降口を飛び出て崩落の現場に向かった。

いた。

崩落し、封鎖線が張られた校舎前に1人のスーツ姿の中年の男と妙子が立っている。

エイジはそのまま突っ込み攻撃を加えようとする。

「タエコから離れろファッキ〇!!」

妙子がエイジに気づき、横のスーツの男の袖をたたきながら嬉しそうに言った。

「あ!!エイジ君!!戻ってきましたよ!先生!!」

エイジは聞き間違えかと思ったが止まれない。

「先生?!」

かろうじて拳は引いたがスーツの男と正面衝突して倒れ込んだ。

埃まみれになってエイジは顔を上げた。男は気絶している。

よく見ると担任だ。拍子抜けした顔で妙子を見ると、妙子は笑い出した。

「あはははは!ひどい顔!大丈夫?」

手を差し出した。

エイジは少し躊躇したが手を取って立ち上がった。

「警察は?」

とエイジが訊ねると妙子は担任教師の方を覗き込む。

「あ~ダメだこりゃ。警察の人は状況を聞いたらすぐ帰ったよ。先生はつきそい。

 なんか確認だけだったみたい。」

とエイジの顔を見直してニコっと笑う。

「来栖先生の事はっきりとは思い出せないんだけど、助けてくれたのエイジ君だよね?

 ありがとう。」

エイジは照れてそっぽを向きながら

「知らねえよ。」

と言った。

妙子はジロジロとエイジを覗き込んで笑った後、ふと自分の手のひらを覗き込んだ。

「そう。でもいいの。ありがとう。これからもよろしくね。」

妙子の手には一本の長い銀髪が乗っていた。

エイジは本の事を思い出した。

「そうだ。タエコの本を預かってる。返す…」

と気づくと自分のキャリーバックがない。結局走るのに邪魔で途中に置いてきたのだった。

「すまない、ちょっと貸しておいてくれないか。

 また読んでみたいんだ。アンネの日記。必ず返す。」

妙子はうなずいた。

崩落の残骸の風景とは裏腹に2人の間にはやわらかい空気が流れる。

しかし、悲しいかな。それだけでは終われない。

「それとね、新しく赴任した科学の先生が九条先生って言うんだけど、

 来たばかりなのにこの間の事を聞かれたの。」

妙子は不安な顔をする。

エイジは特高の1人が誰かと通信していたのを思い出した。

「タエコ、本を読み終わるまで時間がかかりそうだ。すまない。」

先ほどとは打って変わって学校全体に緊張の空気が流れるのを感じる。

その2人の姿を向かいの校舎の3階の窓から九条が見ていた。

 

エイジは間借りしていた寺に帰った。

この寺は戦前からこの地域にある古い寺で

門構えと本堂、あとは墓所があるだけで特別なものはない。

本堂の一角から境内の木々を横目に寺の奥にある住職の庫裡の一部屋へ移らせてもらい、

居住の用意を整えた。

住職の亡くなった息子の部屋で6畳程度の畳張りでタンスなどが揃っていた。

窓の外には夕暮れの朱色と影になった木々の姿が不気味に映る。

その晩。

エイジは眠れずにいた。

暗闇の中敷いてある布団の横で膝を抱えて座る。

外から差し込んだ月明かりがエイジの顔を青く照らす。脂汗をかき目を見開いている。

蝉の鳴く季節だが一つも聞こえない。

外では風が草木を揺らす音が、ごうっとする。

専用の桃の木で作られた木箱に入れられ、

枕元で封をしてある蟲腹の黒球から瘴気が漏れている。

その瘴気が集まって犬をかたどったような形になりエイジにまとわりつく。

現実か幻か。牙雀が発現しているわけではない。

瘴気はぐるぐるとエイジをとりまいてささやき始める。

「ヒヒヒヒ…淡い、期待でも抱いたのか?愚かな。お前には暗黒の運命しかないのに。

 生まれ出でた時から背負わされた契約を忘れたか?」

瘴気は変化し続け、妙子の姿に変わり、エイジの姿に変わった。

エイジは宙を見つめながら耐えている。エイジの形をした瘴気はエイジの耳元でささやく。

「俺には何もない。他の人間が歩むようなことは一切望めない。

 何も成さず、ただ戦い、闇に沈む。

 どうして俺だけが。なにも手に入れられない。

 うまくやっている人間はたくさんいるのに。

 もがいても、もがいても泥沼の中を抜けられない。

 苦しい。さみしい。どこまで落ちる?」

部屋の中は沈黙が流れ、薄暗がりでやたら広く見える。

厚い雲が月を隠し部屋は暗闇となった。さらなる孤独感が襲う。

エイジは叫びだしそうになるのを、うずくまり布団を噛んで耐えた。

それでも瘴気は付きまといエイジは七転八倒したが、

しばらくすると疲れたのか静かになった。

 

暗闇の中から蚊の鳴くような声でつぶやくのが聞こえた。

「…たすけて、にいちゃん。」