タイラより発信中

映画と漫画と総務の知識。

五話 揺れる心は花のように。

翌朝、妙子は眼を覚ました。良い天気で光が窓から差し込んでいる。

事故の翌日と言うものは現実感がない。

全てが本当に昨日あったことなのか。光と共にしらじらとする。

自宅である小さなアパートの一室の一角をカーテンで仕切ってもらった自室。

布団の中で腕と足にまかれた包帯を見、じんじんとした痛みを感じても、

事故が現実であると認識するのに時間がかかった。

母は休んだほうがいいと言ったが妙子は登校する事にした。

エイジの事が気になっていた。

包帯に制服姿で少し足を引きずりながら校門を入ると

救助活動や警察の検分は終わり、瓦礫の撤去が始まっていた。

土建業者の重機が運び込まれ、作業着姿の男性があわただしく入ってくる。

崩落のあった校舎は使わず別の教室へ行くように

下駄箱外の掲示板に大きく案内の張り紙がしてあり

数人の教師も誘導に当たっている。

もともと戦争のせいで生徒数はかなり少なくなっていたので空き教室があり、

そちらに移って変わらず授業は行われる。妙子たちの教室は3階にある。

教室にはエイジの姿はなく、

事故のせいで対応する余裕もないのか妙子以外は誰も気にも留めなかった。

この日妙子は多くの時間、空になっているエイジの席を眺めて過ごした。

そしてとうとう放課後になっても結局現れなかった。

妙子はガランと開いている彼の席の背もたれに手を置き

そのまま彼の席の先の窓から赤くなり始めた空を覗いた。

雲が動かずにたゆたっている。蝉の声がやけにはっきりと聞こえる。

 

昨日の崩落のせいで図書委員会が開かれなかったので

今日代わりに開かれることになった。

妙子が鞄を用意して図書室へ向かおうとすると

科学教諭の来栖が教室の後ろのドアから顔を出す。

「犬養はいるかー?」

と声を掛けた。

他の生徒達は何事かと見回すが知らないので返答はしなかった。

妙子は来栖の方へ寄っていき、

「エイジ君、来てないです。大丈夫なんでしょうか?」

来栖はポケットに手を突っ込んで、そわそわとしている。

「今回の事故は犬養が原因かもしれない。居場所は知らないんだな?」

妙子は困った表情をして

「わかりません。図書委員会に一緒に出席する約束をしてたんですけど、、、。」

来栖は妙子の方を向きかえり

「約束?犬養とか?、、、そうか。」

と言うと早足に去って行った。

「やめよう。気にしたってしょうがない。目の前の事をちゃんとやる。」

妙子はそう思いなおして図書委員会に出席するために会場へ向かう。

会場となる教室は別棟にある為、2階にしかない渡り廊下を使わねばならない。

鞄を左手に下げて階段を下る。

最中男子生徒達がふざけながらドカドカと駆け下りていく。

「もおッあぶないなあ。」

と怒ってつぶやこうとした瞬間

「きゃっ!」

っという声が階下からする。

男子生徒の姿はすでに見えないが女子生徒が踊り場で女座りにへたり込んでいる。

妙子は慌てて駆け寄り

「大丈夫ですか?」

と声を掛けると女生徒は妙子の方を見上げる。

黒髪のロングヘアで白いソックスをはいた

美しい女生徒だった。

妙子は誰かに似ているとふと思ったがそれどころではないと様子を見る。

女生徒は

「うん。大丈夫。」

と細い声で答えたが右足が痛むようでさすっていた。

妙子は

「一緒に保健室に行きましょう。」

と女生徒に肩を貸して立たせた。

保健室は今降りてきた階段を下りた1階のすぐ手前にある。

踊り場からそのまま向かおうとする。

ここから降りる1階は保健室と職員室、会議室となっているので

急に生徒の姿がなくなる。教師も今は通っていない。

妙子と女生徒2人だけである。

なぜか階段途中のライトも切れていて薄暗い。

肩を貸す重さから、妙子が壁に手をつくと

ペンキ塗りされたコンクリートの壁は湿って冷たい感じがする。

女生徒の頭上に歪みが広がっていた。

何かふと予感がして階段ごしに、渡る予定だった渡り廊下の方を振り返ると

夕日が当たり、生徒もたくさん歩いている。

その奥の方から誰かが何か叫びながら走ってくるのが見えた。

「あれ?エイジ君?」

妙子は言った。

その瞬間、少女の顔面が妙子に覆いかぶさってきて

叫ぶ間もなく意識が途絶えた。

それが妙子が覚えている最後の記憶。

 

強い風が吹いているのが聞こえる。

切るような風音で木々の葉がこすれる音が鳴る。

夏なのに肌寒くさえ感じた。妙子はぼんやりと意識が戻ってきた。

寝起きの時のように目が開かない。

自分の体が誰かの脇に抱えられてぶら下がっているのが分かる。

眼が開いてきた。

暗い。

夜になっている。

眼の焦点が合ってきてはっきりと見え始める。

はるか遠く5,60m先に地面、地面には延々と続く草原が続いている

そこから赤と白の4本の鉄の支柱が自分に向かって伸びている

支柱には蜘蛛の巣の様に張り巡らされた鉄柱。

遥まで続いている無数の電線。

送電鉄塔

ここは送電鉄塔のてっぺんだった。

あたりを見回すと学校から3kmほど離れた雑木林近くの鉄塔なのがわかる。

街や家や学校が地平線の下に順々と小さく見える。

自分を抱えている人物を見上げると、

 

先ほど会談で助けた女子生徒だ。

整った顔は真っすぐを向いて眼は虚空を見ている。

長い髪は風で横なぎになっている。

左手は妙子の胴体を抱えてびくともしない。

この細い腕のどこに片手で自分を抱える力があるのか。

「ねえ!」

と呼びかけようとした瞬間少女の後ろから誰かが出てきた。

セットされていない髪が風にたなびいている。

白衣もひるがえりバタバタと音を立てる。

中にはアイロンのかかったYシャツ。

整った男前な顔。

両目が妙子を見る。

「来栖先生、、、。」

妙子は事態が呑み込めなかった。

鉄塔の頂点に自分を抱える少女に化学教師の来栖?

鉄塔の頂点は建設現場の足場の様に鉄柱が四方に張った矢倉状になっている。

来栖は鉄柱を渡って少女の横に出る。

少女は妙子の胸倉をつかんで片手で持ち上げる。

妙子は息苦しさに耐えながら言った

「来栖先生、どういう事ですか?」

来栖は顎に手を当てて困ったような顔で答える。

「うーむ。成績中の上、地味女子代表堤妙子君。

もうちょっと科学に興味を持ってほしいな。

よろしい。

生徒の質問に答えるのは教師の義務だね。

どうせこの後死ぬんだから意味ないけど答えよう。

百聞は一見にしかずだ。

出ておいで!百飢(ヒャッキ)」

来栖がそう唱えると女子生徒の体から光の糸がにゅるにゅるとたくさん出てくる。

女子生徒の頭上に浮いて束になっていく。

だんだんと形を成していき昨日エイジと戦ったムカデの蟲になった。

双頭の片方は吹き飛ばされて失ったままである。

ムカデは実体をなすと来栖中心に取り囲むように鉄塔へ取り付いた。

ムカデは眼をきょろきょろとさせて妙子を観察する。

「こいつも内臓を取り出すのか?来栖。」

とガラガラ声を出した。

それを見た妙子は叫び声をあげた。

「きゃああああ!!」

来栖は仕方ないといった顔をして

「はいはい静かに!」

と授業の前に騒ぐ生徒をなだめるような口調で言った。

妙子はもがいて逃れようとするが女生徒の腕の力は強くびくともしない。

ましてや地上60mの鉄塔の上である。

女生徒が手を離してうまく鉄柱に捕まれなければ落下する。

来栖は白衣のポケットに手を突っ込んで

「今日はね、犬養君をおびき寄せるために君をさらったんだ。

でも、ついでに、君の内臓ももらっておこう!」

百飢の頭から生えている長い触手が

しゅるしゅるとしなりながら妙子の腹部から制服の中に入ろうとする。

妙子は恐怖にかられ声もなく泣き出した。

百飢(ヒャッキ)は嬉しそうに身悶えすると

触覚もしゅるしゅるとくねらせて

「怖いか?おもしろいなあ。」

と妙子の顔を覗き込んだ。

来栖は両手を目の前で合唱して

「僕の研究の為、ご協力お願いします。」

とにこりと笑った。

「やれ。」

来栖が命じると2本の触手の鋭い先端がうぞうぞとうごめきながら

妙子の服の中へ侵入した。