タイラより発信中

映画と漫画と総務の知識。

三話 因縁(いんえん)は薔薇の刺

エイジは屋上まで登り切り片手でヘリをつかんで金網を飛び越えて降り立つ。

ここまで一瞬の出来事で、校庭にいた生徒達にも発見されていないだろう。

校庭では体育の授業でランニングをしている。

屋上はテニスコート4面ほどあり、コンクリート敷きである。

コンクリートからは照り返しの熱気と

生えているコケから上がってくる湿気が気持ち悪かった。

普段人が入らないせいかコンクリートも黒ずんでいる。

桜の木の樹幹が周囲の見晴らしを遮っている。

春にはあんなにさわやかな樹木がこうも気色悪くなるものか。

エイジは夏の日差しがあるにも関わらず

日陰にいるような陰気さと冷ややかな湿気を感じた。

「ここなら人に見られないだろう。

妖気をばらまいておびき出すぞ!」

エイジは両の拳を手のひらを外側にし、目の前で交差させて

人差し指、親指、小指の順に両手同時に素早く立てた。

「吼え出でよ!正九位・牙雀!」

あたりに黒い瘴気が立ち込め

エイジの持つ「九」と記された黒球を中心に、渦巻いている。

形容しがたい腹に響く低音を発しながら

黒球から光の糸の束が勢いよく大量に噴出して固まっていく

エイジの頭上で絡み合い、形を成していく。

巨大な狼のような形が表れる。

3~4mはあるだろうか、ふさふさとした尾も入れればもっと大きいであろう。

顔の右側は皮膚が岩でできていてごつごつとした仮面のように見える。

その岩は体のところどころにも表れている。

四本の足先は皆、鎧で纏われていて爪は斧の様に鋭く武骨で分厚い。

歴戦を表すのかあちこちに傷が入っている。

左足の腿にはエイジの黒球と同じ文様が大きく刻まれ、「九」と入っている。

腰のあたりからは編み込まれた生地の様な物を纏いたなびいている。

横に裂けた口を開くと瘴気が漏れだし、

牙は鋭く奥までびっしりと生えそろっていた。

 

エイジが契約し使役する蟲、「牙雀」である。

蟲には位がつけられていて上位10匹までが「正位」

以下が「徒」となり位が与えられている。

昔から人間の腹の中には3匹の蟲が住んでいるという。

帝釈天から人間の悪事を見張るように言い使わされ

悪事を働いた人間の魂を奪い帝釈天へ送り返していた。

しかし、ある時から人間の魂の味を覚えた。

人間を惑わし悪事を働かせて欲望を満たしてやると

彼らは人間から魂を取り出せる。

それを食らうようになった。

エイジ達蟲を使役する一族は

この「三戸の蟲」と言う妖魅と契約し使役する事で力を得てきた。

元は黒球など使わず腹に住まわせていたことから一族は「蟲腹」と呼ばれる。

3匹いる蟲を使役しやすいように幼いうちに争い共食いさせて強い1匹を残す。

そうやって育成してきた蟲を引き継いで操っていく。

時代は進み、先の戦争でも犠牲になり数は減ってしまったが

様々な蟲の力を駆使して人知の及ばない現象を祓い清めて謝礼をもらう。

エイジはそうやって生きてきた一族の末裔である。

 

牙雀はエイジの頭上で浮きながら

エイジの顔を覗き込み言った。

「いちいチ人の目を気にしなクてはならんとは毎回面倒だなエイジ。」

両の目は鋭く、直視すると取り込まれるような怪しさを放っていた。

エイジは牙雀の顔を手でよけて前に進む。

「人に見られて騒ぎになるのもノーサンキュー。

サイキック禁止令の取り締まりもノーサンキュー。

フ〇ッキン特高がどこまでも追ってきやがる。  

妖怪より人間の方がたちが悪い。

戦争に蟲の力で協力したバカのせいで仕方ないが。

見つかって捕まれば一生監禁される。まだ捕まる訳にはいかない。」

特高とは特別高等警察の略称である。

今回の戦争で威力を発揮したサイキックではあるが

戦争が終わればその異能力は危険視され取り締まりの対象となった。

政府の管理下でのみ許可され、管理下に置かれないサイキックを

捕縛逮捕する役目を追うのが特高である。

警察庁の特命で行動し

管轄や所轄に縛られることなく取り締まりを行うことができた。

牙雀は急にゲラゲラ笑いだす。

「ガハハハは!そうそう!お前の父親は無様だったな!

軍隊に蟲の力を売り込もうとしたお前のバカ兄貴を止めようとして

返り討ちにされて死ぬとは!

愚弟はそのくだらねえ仇討に一回きりの短え人生を費やす!

歴代の蟲腹と契約してきたが、ククク!ケラケラ!そろって哀れな奴らだ!」

いやらしいバカにした目つきでエイジをねめあげる。

エイジは黙って下を向き、顔が紅潮して怒りに握った拳が震えている。

「もう一度言ってみろよ!ワン公!!」

素早く右手で印を結び始める。

人差し指、中指、薬指の順番で指を立てて振り、両手の指を組んで唱える

「降魔成道第一(ごうまじょうどうだいいち)、照律儀戒(しょうりつぎかい)!」

手の周りには梵字の羅列が浮かび上がり幾重にも回転している。

だんだんと回転が速くなっていく。

するとエイジの手元から小さな光の輪が1つ2つと順番に浮かんでくる。

エイジの顔が照らされてぼんやりと浮かぶ。

右手を開いて前に突出し、左手は右腕の二の腕をつかみ

「縛陣(ばくじん)!」

そう叫ぶとそれは急に牙雀へ向かって行くと大きくなり

それぞれが牙雀を輪の中へ捉えると

エイジは牙雀に向かって広げていた手のひらをぐっと閉じる。

光の輪は小さく縮まって牙雀を締め付けようとする。

牙雀は光の輪を食いちぎり、まだ笑う。

「ガハはハッ!このまま今テメエの魂をいただいちまうのもいいかもな!!」

エイジはもう一度力を溜めて

「縛陣!」

と叫ぶと10近い数の光の輪が手元に浮かび上がり牙雀へ襲い掛かる。

牙雀もこれは防ぎきれず光の輪に捕らえ締め上げられた。

たまらず叫び声をあげ、

「ぐああアああ!このクソガキィ!クソ蟲封じの呪詛がぁ!」

ギリギリと締め上げられて目は血走り、涎を垂らして苦しんでいた。

エイジはさらに手のひらを握りこむ。

「オトモダチじゃないんだろ?なら黙って契約に従えよワン公!!

ドッグフードでも欲しいのかよ!?」

その時である。

エイジがふと気づくと自分たちの真横5mの所に

黒髪でロングヘア白いソックスに制服の美しい少女が

ぽつんと立ってこちらを見ていた。

目が大きく、女優の様に整った顔をしている。

風が吹いて桜の木がざわついた。

青い空に入道雲が浮かんでいる。

人では、ない。