タイラより発信中

映画と漫画と総務の知識。

第一四話 加速(アレグロ)する水曜日。

水曜日 朝。

冴島リンゴは眼を覚ました。

正確には起動した、であろうか。

カーテンの隙間から夏の強い日差しが差し込んでいる。

シングルベッド程の大きさで強化ガラスの蓋のついた

スリープ用の冷却器の中から起き上がる。

裸である。

裸足でひたひたと床を歩く。

部屋の中は整然としていて

机、棚など全てがマス目の様に整理整頓されていて

色は白か薄い青が殆どで病室の様な雰囲気がある。

整理整頓されているといっても机と棚に教科書、必要な物しか置いていない。

部屋の外からは自分の製作者で世間的には兄となっている

冴島正が朝食を作る音が聞こえる。

リンゴは夏用の白いセーラー服に着替え、鞄を持ってダイニングに出て行った。

ダイニングはキッチンと一体化したもので、カウンターで仕切られている。

他は4人掛けのテーブルとイスと食器棚。

壁には小さなヒマワリの絵と

その下にテレビ放送を投射するホログラム装置が置いてある。

正がキッチンから出てくる。

どこで買ったのか趣味の悪いヘヴィメタル調で蛇のイラスト柄の

エプロンをして配膳をしている。

背が高く、細身でいつも頭がぼさぼさのままである。

リンゴに気づくと

「おはよう。できた!食うぞ!」

と席に着いた。

リンゴは通り過ぎて登校しようとする。

正はあわてて引き留める。

「おいおいおい。食ってけよ。食事は一緒にが我が家のルールだろ?

 てゆうか、挨拶くらいしろよ…無視ってさあ。」

「食べたくない。

 てゆうか、私、機械人間なんだから食べても無駄だって言ってるじゃん!」

これまで何百回も繰り返してきたやり取りである。

正はリンゴに戦争で亡くした自分の妹を投影していた。

違法とは知っていても心の穴を埋めるため

妹の姿そっくりに機械人間を制作したのである。

だからリンゴに家族のつながりと、個性としての自立性を求めた。

だから挨拶をしなくてもプログラムから直すようなことはしない。

あくまで生活を積み重ねた上での学習プログラムに任せて、

口頭で注意するのである。

リンゴはリンゴで言葉の意味上ではそれが理解できても

無駄にしか考えられず、このようになってしまう。

自分がツンケンした性格になったのも

学習プログラムの偏りのせいとしか考えていない。

口喧嘩をしながら朝食を済ませた。

腹立ちを抑えきれないリンゴは

自宅に併設してある正が営む整備工場を通り抜ける時、

置いてある整備中のバイクをけり倒してから家を出た。

 

同じく 水曜日 朝。

和希は朝食を取っていた。

ダイニングにあるテーブルに1人で腰掛け、

優しそうな母親がトーストや目玉焼きを目の前に並べる。

学校から2km程度のところにある住宅地。

5階建てマンションの2階の2LDK。

しゃれた家具や観葉植物などがあり、

こざっぱりとして家具店の展示を思わせる。

和希はトーストを口に運ぶが、おいしくない。

まずいのではなく、おいしく感じられないのである。

砂利を噛んでいるような気分だった。

和希が朝食をとる間、母親はハンカチや弁当など登校の準備を

至れり尽くせりで用意してくれる。

しかし「学校は、どう?」などは聞いては来ない。

和希は朝食を半分ほど残し、準備をして家を出た。

母親は「いってらっしゃい。」とだけ言った。

玄関を出て、エレベーターに乗り1人になる。

愛情がないわけではない。

しかし、形としてしか機能しない家庭というものがある。

生活としては家庭が成り立っているが、

心情的なものはくみ取ったり踏み込んだりできない。

普通の家族ならできる悩みの相談や辛い状況を訴えることができない。

できないというより習慣がないからわからないのだ。

親の親からそういう環境で育って連鎖していく。

幼少から家庭でそれを学ばないから社会に出ても、

心情や共感を誰とも共有できない。

1人で孤独を背負い込み、理解しあえない他人を恐れ、憎み、孤立する。

その穴埋めに形式やステータスを幸せと勘違いして過剰な努力もするが

当然幸せにはなれない。

狭いエレベーターの中の閉塞感は

和希の心の状態そのままだった。

 

同じく 水曜日 朝。

第一新東京市立東高等学校。2年C組。

妙子はすでに登校し机に座り腕組みをしてうなっていた。

今日は佳代子もすでにいて、となり同士の机で話し合っている。

「えーでもさあ、カヨちゃん。OKしてくれるかなぁ。

 あんまり他の人とも仲良くしてるの見たことないんだけど。」

「タエちゃん心配しすぎ。ちょっと放課後付き合ってって頼むだけじゃん。

 大丈夫!実はいい人よ?」

そこへエイジが教室に入ってきた。

「お、ナナメ45度登場。」

発見した佳代子がちゃかして言う。

エイジはまっすぐに妙子の方に向かってくる。

妙子はバツが悪く思わず冷たい表情をしてしまう。

エイジはそんなことは構わず妙子の方に顔を寄せて

「タエコ、いいか。科学の九条には近づくな。

 絶対に2人きりにはなるな。ネヴァーだ。オーケー?」

そういうと返事も聞かずそのまま出て行ってしまった。

妙子は動揺していたが表情を崩すわけにもいかず、ツンとした顔を続けた。

2人を見ていた佳代子は白けた顔で

「茶番~。」

と言って頬杖をついた。

その頃、リンゴは学校の昇降口に到着していた。

靴を上履きに履き替えようとすると

そこに九条がいた。

「おお、冴島リンゴ!おはよう!」

と大袈裟に右手を上げた。

リンゴは一瞥して通り過ぎる。

あっけにとられた九条は気を取り直し追いかける。

「無視すんなやー!一応教師だぞアタシー!」

正面に回り込み

「ここではきものをぬいでください。」

と抑揚をつけず言った。

リンゴは一瞬止まったが

「はい。おはようございます。」

とそっけなく言って靴を履き替えて校舎の中へ立ち去った。

九条はリンゴを後ろから見送った。

「ビンゴー♪美少女機械人間ちゃん確定♪

ただのクソ生意気な生徒であってほしかったが、破壊やむなし…か。」

おどける中にも表情は暗かった。

 

※機械人間と人間を判別するために

こう言った言葉にどう反応するかを見るテストがある。

イミテーション・ゲームという。

この場合は「ここで履物を」と「ここでは着物を」の同音の文章に対しての

反応を見るわけである。

本来ならば何十問と問いをするものだが

九条は一問で判断ができるのだろう。

 

九条は職員室に戻ろうと階段の踊り場横を通り過ぎると、

偶然にもエイジが下りてきた。

九条からすれば上を取られた形で不利である。

目が合い、エイジから殺気が発せられる。

両者の間の空気が歪む。

急に九条が目線をそらし、エイジの後方を覗き込んだ

「おお、妙子!こないだのテストな!」

エイジはぎょっとして思わず振り返ってしまった。

「下がれタエ…!」

後ろには誰もいない。階段の踊り場のスぺースが広がる。

「フ〇ック!」

分かっていても反応してしまうブラフに苦々しく向き返ると、

もう九条はいなかった。

一方、リンゴが教室に入ると、

机に着くかつかないかのタイミングで妙子と佳代子が寄ってきた。

「おはよう!冴島さん!」

「…お、はよう。」

リンゴはおぼつかなく返事をした。

妙子が両手を合わせてすがるような眼で訴えた。

「今日の夕方、寄贈図書を渋谷まで取りに行くの!一緒に行ってくれない?」

「断る。」

「そう、ことわ…えぇぇ~!冷たー!」

無下に断られて妙子は涙目になった。

そこへ後ろから佳代子が出てくる。

「冴島さん!お願い!」

そこから急に顔をリンゴに寄せて小声になる。

「私、見てたんだ。冴島さんの秘密。

 この間校舎裏で犬をいじめてた不良をやっつけたでしょ!

 その時一緒にいた彼って…私、わかるの。

 黙ってるから、タエちゃん助けてあげて!」

リンゴはちらりと佳代子を見やり、イヤそうな顔をした。

「わかった。今回だけ。」

妙子と佳代子ははしゃぐように喜んだ。

「じゃ、放課後よろしくね!冴島さん!」

 

エイジは階段で座り込んでいた。

苦々しい顔で、他の生徒が通ろうが気にもかけない。

「ファッ〇!放課後、体育館か。」

 

九条は人気のない校舎裏のフェンスに寄りかかり、

どこかへライフ・コードで通信する。

「機械人間は破壊措置だ。

 超常能力者はアタシがあたる。

ああ。両方とも今日の放課後だ。」

 

福島の和希の家では人知れず

机の中の黒球が消えていた。